63:緊張感のない決戦
イルゼの魔法が全く効かないことを宣言したリラが続けた。
「どうする? このまま続けてもあなたの体が悪魔に……その紋様に蝕まれるのを早めるだけだよ」
「うぅぅ……」
イルゼが右腕の紋様を反対の手で押さえた。
歯を食いしばって、痛みに耐えているような素振りをする。
強力な魔法を放った反動を受けているのかもしれない。
リラがそんなイルゼを気の毒そうに見つめた時だった。
「っでも! 諦めない!!」
イルゼがキッと顔を上げて左手をリラに掲げた。
そして素早く風の魔法を唱える。
かまいたちのようなものが発生し、リラに向かって吹き荒れた。
「わぁっ!」
「普通の攻撃ならどう!?」
慌てて宙に浮いてよけたリラだったけれど、右半身に少し喰らってしまった。
けれどそれも腰の部分の服を切り裂いただけだった。
チラリとのぞく真っ白なお腹は、滑らかなままでどこも傷付いてはいない。
「……肉体が強化されてるから、それも効かないかな……」
リラが申し訳なさそうに答えた。
そんな中、カミールだけが焦り始めていた。
さっきから服だけダメージを受けている。
しかもちょっとずつ露出を増やす方向で。
戦いがもし長引けば……
無駄にギャラリーの男たちを喜ばせるだけだ!!
カミールが主に幼馴染たちに向かって睨みをきかせた。
みんな夜空を見上げており、彼の苛立った視線なんか誰も気付かない。
けれどそのことが余計に、リラを熱心に眺めているようにカミールは思えた。
「……俺が何とかしないと……」
眉間にシワを寄せたまま、カミールがブツブツ言う。
すると背後から声がかかった。
「そうだな。カミールの魔法で何とかなるんじゃないか?」
少し後方で成り行きを見守っていたマティアスからの発言だった。
マティアスは振り向いたカミールと目が合うと、腕組みしながらリラの方を見た。
「さっきからよく見ているんだが……」
カミールがマティアスに近付いて叫ぶ。
「何をよく見ているんですか!? やましい目で見ないで下さいよ!」
「……何を言っているんだ?」
マティアスが虫ケラを見るような、冷めた目をカミールに向けた。
そしてため息をついてから続ける。
「あの悪魔に取り憑かれた女性だが……どうやらあの紋様が力の源らしい。それをカミールの特殊な魔法で消せるんじゃないのか?」
「えっ!?」
カミールが唖然としながらマティアスを見つめた。
近くで聞いていたレーニィも賛同する。
「なるほど。カミールも聖なる力を宿している。私のおでこの傷を治したみたいに……」
カミールは被せ気味に返事をした。
「けれど、紋様が消せても、悪魔との融合が解けるか分からないぞ」
そこに警備隊を率いるクルトも話に入って来た。
「力が弱まれば、あとは僕たちが何とか出来る。お願いだ。可能性があるのならやってみてくれないか?」
クルトが真剣な眼差しで懇願する。
カミールは困惑しながらも、イルゼを助けるためにはどうしたらいいのか考え始めた。
「まずは、どうにかイルゼに近付かないと……」
リラも同じ魔法が使えるけど、イルゼのそばに行くのは難しいだろうな……
それよりは俺が、イルゼに捕まえられてる時の方が……
でもその為には戦いを終わらせて……?
すると様子を見守っていた幼馴染たちが、ワイワイ騒ぎ始めた。
「なになに? イルゼをこっちに呼べばいいの?」
「カミールが何かするんだって」
「そうか。なら簡単じゃん。おーい!! イルゼ! カミールが話したいことがあるって!」
フランツが大声でイルゼを呼んだ。
ユリアとカトリナの2人が、イルゼに向かって大きく手を振る。
戦闘中のイルゼが動きを止めて、目線をこちらに向けた。
タイミングを見計らったように、カミールの後ろに回ったハンスが、ムリヤリ前に押し出した。
「ぅわっ! いきなり押すなよ」
すると後方からオリバーが代わりに答えた。
「イルゼを助けるんだろ? 頑張れよ」
幼馴染たちから後押しされたカミールは、気持ちを引き締め直してイルゼに目を向ける。
イルゼはジッとカミールを見つめていた。
そして無表情のまま口を開いた。
「話って何?」
「…………」
カミールはイルゼの視線を受け止めながら、必死に考えた。
黒い光の手錠をされているから、もっとそばに近寄らないと……
「あ、あのさ……俺、洗脳が解けたよ!」
「…………魔女を倒してないのに?」
イルゼは無表情のまま、遠くで宙に浮かぶリラをチラリと見た。
リラは空気を読んでか、その場に留まって様子を窺っている。
「あぁ。ある程度離れていたから……ちょっとずつ思考がクリアになっている感じ。ほら? 分かるだろ?」
カミールは適当なことを言いながら、イルゼにジリジリと近付いた。
「??」
イルゼが途端に眉間に皺を寄せた。
警戒しているのが分かる。
カミールは慌ててたたみかけた。
「ありがとう! 俺が前に倒れたのを見て、心配してくれたんだろ? だから助けようとして……イルゼは昔から優しいよな」
イルゼの赤い瞳が揺れた。
少しだけ幼馴染のイルゼの顔になる。
〝訳が分かんない〟って顔で示しながらも、何も聞かないでいてくれる、いつものイルゼに。
「それで目が覚めて分かったんだ! イルゼは俺の……」
「…………カミール」
イルゼが眉を下げて切なげに囁く。
カミールは一気に近付いて、両手を彼女の腕に伸ばす。
不自由な手で何とか掴むと、グイッと自分の方へとイルゼを引っ張り寄せた。
「!?」
驚いた表情を向けるイルゼの右頬に、カミールはすかさずキスをする。
能力が上がった今なら、どこにキスをしても同じかもしれないけど、悪魔の紋様には直接魔法をかけないと効かない気がした。
カミールは〝イルゼを蝕む黒い紋様が消えますように〟と、ありったけの願いを込めた。
「っ!? ……ぅわぁぁぁぁぁぁ!!」
一瞬真っ赤になって照れたイルゼが、次には血の気を失った表情で地面に膝から崩れ落ちた。
頬の紋様は唇が触れた場所から消えていき、徐々にその効力が周りに広がった。
イルゼは、自分の両肩を抱きしめるようにうずくまり、声の限り叫び続ける。
それと同時に、カミールの手首の黒い拘束も消えた。
「イルゼ!? 大丈夫か!?」
両手が自由になったカミールは、すぐにしゃがみ込んでイルゼに寄り添う。
彼女の肩を横から抱いて、顔を覗き込んだ。
「苦しい……痛いよぅ……」
イルゼは涙を流しながら、痛みに耐えきれないというように、カミールに体をもたれかけて来た。
彼はそんな彼女を力強く抱きかかえながら叫ぶ。
「イルゼは俺の1番大切な幼馴染だ! だから、絶対に助けるからっ!!」
カミールはそう強く祈りながら目を閉じた。




