62:緊張感のない決戦
「…………あれは、イルゼだよな?」
ヨハンがカミールに聞いて来た。
「あぁ。ちょっと悪魔に取り憑かれてるけど……」
「悪魔に!? で、何でお前の彼女が戦ってるの?」
そこにオリバーが話に入って来た。
「魔女のリラさんとイルゼで、カミールを取り合ってるんだ」
カトリナのおっとりした声も続く。
「私知ってるよー。お店に来た綺麗な人だよねー。イルゼがあのあと『いつの間にかあの人に取られてたー』とか泣いてたなぁ」
「……言っとくけど、俺はイルゼの物になった覚えはないぞ? だから〝取られた〟って表現はおかしい」
カミールはカトリナに振り向いて、自分の意見を主張した。
どうもイルゼは思い込みが激しいようで、現実に起こっていないことでも信じ込む傾向がある。
ヨハンが疑いの眼差しをカミールに向けながらも、口ではニヤニヤして聞いてくる。
「えー、まじかよ。イルゼはともかく何であんな美人がカミールを?」
「お前だって、あのアルマが相手してくれているのかよ?」
カミールが不敵に笑いながら流し目で見ると、ヨハンは途端に押し黙って顔を赤くした。
照れ屋なヨハンとアルマは、ゆっくりと関係を進めている。
その事を知っているカミールは、わざとからかったのだった。
静かになったヨハンとは反対側からカミールに質問が飛んだ。
「なんで魔女さんは逃げてばかりなんだ?」
フランツがリラたちのいる夜空を見つめている。
「うーん…………リラ! 何か魔法で反撃したら?」
カミールがヒラヒラ飛び回っているリラに声をかけた。
「私の一般魔法は威力が高すぎて……今度は『破滅の神』とかで名前を残しそうだけど、いいかなー??」
「いや、よくないと思う!!」
困り顔のリラにカミールが慌てて返事をすると、彼女は「やっぱりそうだよねー」とまたイルゼの攻撃をヒラリとかわす。
その態度にイルゼが激怒した。
「何よ! 情けをかけているの!? カミールに優しい自分アピール!? そんなの見せかけのくせに!!」
イルゼが怒りにまかせて魔法を連発しながら続ける。
「その無駄に大きな胸だって、どうせ魔法で大きくしたんでしょ!?」
イルゼの訴えに、ギャラリーたちが気になってリラを一斉に見た。
カミール1人だけがイルゼを褒め称える。
「いいぞイルゼ!! さっきから俺が気になっていることばかり聞いてくれている!!」
勝手に盛り上がっている恋人を、リラは呆れ返りながら見つめた。
「カミールはどっちの味方なの…………胸は天然だよ。うーん。一度真面目に研究してみようかな」
彼女がチラリと自分の胸元を見て、ブツブツ言っている。
カミールはリラが〝胸が小さくなる魔法を開発しようかな〟と言っていたのを思い出してしまい、必死に叫んだ。
「真面目に研究しなくていいから!!」
「そっかそっか。今度からはカミールが一緒にいるから、しばらくは研究に打ち込めないかもだね」
微妙に噛み合っていない答えだったけど、予想外にリラがウキウキして言った。
その様子が妙に可愛い。
カミールは周りの友人に「一緒に暮らすから楽しみにしてるんだよ」とこれ見よがしに言いふらした。
するとそれがフリだと心得ている友人たちに
「自慢か?」
「自慢すんなよ」
とすかさず突っ込まれる。
そんな和やかなムードをリラのセリフが打ち砕いた。
「この悪魔と融合した女の子は、カミールのことが好きなんだよね………どうしよう。彼女が寿命を迎えるまで、一緒に過ごしてあげる?」
ヒラヒラ逃げるのが疲れて来たのか、リラは防御魔法を展開して1箇所にフワフワ浮いていた。
イルゼの攻撃が当たると、リラの前方の空間が彼女を囲むように半円に光り、攻撃を消滅させる。
「どういうことだ!?」
訳が分からずに叫んだカミールに対して、リラらしい不思議な提案が告げられた。
「だって悪魔に魂を渡してるから、彼女すぐ死んじゃうよ。もって3ヶ月ぐらいかなぁ? そのぐらい私の時間では一瞬だから、待っておけるよー」
「「「えぇ!?」」」
ギャラリーたちが一斉に息を呑んだ。
ちょうどその時、警備隊のクルトがカミールの方へとやってきた。
「カミールくん、ちょっといいかい?」
「あ、はい」
「手首の黒い光を見せてくれる?」
「これですか?」
カミールは両手を縛っている黒い光を、掲げるようにしてクルトへ見せた。
「……やはり、この力は上級の悪魔の力だ。我々は下級の悪魔にしか対抗する術がない」
クルトが奥歯をかみしめながら言葉を絞り出すと、イルゼの方を見つめた。
そのイルゼはリラに言われたことについて、怒り狂っているところだった。
「何その順番を譲るみたいな発言!? 結局はカミールが自分のところに帰ってくるからって余裕なの? 普通は知らない女に、自分の恋人を預けようなんて思わないでしょ!?」
「えー? あなたのためを思って言ったのに……じゃあやだ。本当は私だってカミールと居たいんだから」
リラが眉をひそめて可愛らしくむくれた。
感激したカミールがまたイルゼを褒め称える。
「ありがとうイルゼ!! さっきからリラの気持ちを引き出してくれて!!」
「もう! なによ!? カミールは黙ってて! この悪い魔女に騙されて洗脳されてるんでしょ!! 私が早く…………助けなきゃ!!」
イルゼから発せられる禍々しい黒いオーラの力が、彼女の叫びに呼応して増大をする。
それに伴いイルゼはますます不穏な空気をまとい、見開いている瞳が真っ赤に変化していった。
…………
徐々に悪魔化している?
カミールが眉をひそめていると、イルゼが何やらし始めた。
右手でハンドサインのようなものを切りながら、長い詠唱を続けている。
頬や右腕の黒い紋様が、鈍く光っているようにも見えた。
そんな中、リラはユルユルと地上に降り立つと「どうしようかな……」と悠長に呟いた。
「リラ様! 浄化です! 浄化の鏡の魔法です!!」
カミールのすぐそばで叫び声を上がった。
意識を取り戻したレーニィだ。
「へ? あ、うん。分かったわ! …………そんなのあったっけな??」
リラは小さくぼやきながらも身構える。
「レーニィ、大丈夫か?」
カミールが声をかけた。
監禁されて勢いで告白された相手だけれど、イルゼの攻撃を受けてしまったレーニィ。
素直に心配だった。
彼女はメガネのフレームを指で押し上げた。
「大丈夫」
「リラ様って……?」
「あの人は聖力が強すぎる。あれは……リアリーン様に匹敵する。だから」
レーニィは自身の聖力を感じる力で、リラが聖女リアリーン関連だと勘づいたらしい。
その時だった。
ちょうどイルゼの詠唱が終わり、黒い巨大な炎が巻き起こった。
リラは「こんな感じ?」と首をかしげながら何やら魔法を放つ。
すると黒い炎の大部分が反転してイルゼに向かっていった。
「キャッ……!!」
イルゼは思わず右腕で顔を覆って防御をする。
けれど吹き荒れる炎が過ぎ去ったころには、余裕の笑みをリラに向けた。
「私に自分の魔法は効かないわよ」
「……私も効かないんだけどなぁ」
リラがポツリと告げた。
彼女の言う通り、先ほどの黒い炎の一部がリラにも当たっていたけれど、スカートの裾を焦がしただけだった。
「え? 嘘!?」
イルゼが目をキョロキョロさせてリラの状態を確認する。
「聖石の力の方が強いってことだよ。悪魔の魔力と聖石の魔力……相性が悪いみたい」
リラが瞼を少し閉じながら、妖艶にほほ笑んだ。




