60:悪魔
「ひとまずここから出ようか」
イルゼがそう言ってカミールの両手を持った。
そして呪文を素早く唱える。
「……え? 何だこれ!?」
驚くカミールの目の前で、彼の手が黒く光り始めた。
思わず手を引くカミールに対して、イルゼが強く握りしめており逃げることが出来ない。
そうこうしている内に、彼の両手には鈍く黒色に光る手錠がされていた。
「カミールはまだ魔女に洗脳されているから、逃げないようにだよ」
「…………」
「後で頭をいじくって治してあげるからね……あ、今がいいかなぁ?」
イルゼがニタリと、いい笑顔を浮かべる。
「っ!?」
カミールは慌てて顔を左右にブンブンと振った。
「そうだよね。後でゆっくりがいいよね〜♪」
すこぶるご機嫌なイルゼは、カミールと腕を組むと引っ張るようにして歩き始めた。
慌ててカミールも彼女についていく。
半分悪魔になってしまった彼女は、何をしだすか分からない。
教会の地下室からはひとまず解放されるからと、カミールは大人しくついていった。
けれどカミールはあることに気付いてしまった。
……リラと腕を組むと、柔らかい物が当たるんだけどなー。
押し付けてるのか?
わざとなのか?
って思うほど、当たるんだけどなー。
…………
悲しいかな、カミールは危機的状況なのに全く関係のないことを思ってしまった。
何故か幼馴染に対して申し訳なさでいっぱいになる。
だからせめて、イルゼの方を出来るだけ見ないようにして歩いた。
地下から地上へと続く階段を上がると、そこは教会の一室だった。
部屋には倒れている聖職者の男性が。
「…………」
青ざめているカミールに向かって、イルゼがニコニコと話しかける。
「つまずかないように気をつけてね」
「…………」
カミールは無言で頷くしかなかった。
その部屋からイルゼに連れられて出ると、長い廊下を通って礼拝堂に出た。
そこにも倒れている複数の人が。
カミールはそれらの人たちをしっかり見ないようにした。
もし流血とかしていたりすると、居た堪れない。
気絶しているだけ。
隣の幼馴染は、まだそこまで非情じゃないはず……
カミールは遠くを見ながら礼拝堂を抜けていった。
「これからどうするつもりなんだ?」
カミールは恐る恐るイルゼに聞いた。
「そうだなー。まずは私の家に帰ろっか。働き出してから一人暮らしだから、一緒に住もうよ」
イルゼがカミールと腕を組んでいる力を強めた。
そしてウットリとした、焦点の定まっていない瞳をカミールに向ける。
……ゔう……
力が強くて痛い……
そして目がイッちゃってて怖い……
カミールは眉をひそめながらも、イルゼへの恐怖から何とか笑顔を返した。
……なんか唐突にモテ期が来たな。
レーニィに続いてイルゼからも、無理矢理一緒に住もうと捕まえられるし。
全然嬉しくないけど……
そんな青い顔をしたカミールに向かって、イルゼが凄いことを宣言した。
「そうしたら、あの魔女が恐らくカミールを奪い返しにくるだろうから……始末してあげるね」
「は?」
聞き間違いかと思いカミールがイルゼを見つめると、彼女はニィッと笑っただけだった。
ちょうどその時、教会から外へ出る扉の前に2人は到着した。
イルゼが意気揚々と開くと、外はすっかり暗くなっていた。
教会の外へと無事に出たカミールは、どうにか逃げれないかとキョロキョロする。
すると遠くに人影が見えた。
「……あれ? オリバーじゃないか?」
友人を見つけたカミールが思わず駆け出そうとすると、イルゼがグイッと腕を引っ張って阻止した。
「うわっ」
「私から離れないで」
「…………っ」
不敵に笑うイルゼに〝やっぱりダメか〟と舌打ちしそうになるカミール。
そんな2人に気付いたオリバーが、彼の方から駆け寄ってきてくれた。
「カミール! やっぱり教会に居たのか。きな臭い感じがしたから、心配して見に来たんだ」
珍しく安堵した様子のオリバーは、カミールの隣にいるのがイルゼだということに気付いた。
「あれ? イルゼといたのか。久しぶり…………っ!?」
オリバーがイルゼの頬の紋様を目にして、一瞬驚いた表情を浮かべる。
けれど次には何くわぬ顔をして、今度はゆっくりとカミールの手首に目を向けた。
その目は黒く光る手錠を捉えてから、カミールの顔へと移された。
カミールは泣きそうな笑顔を浮かべて、オリバーに訴えかける。
けれどオリバーは真顔で見つめ返すだけだった。
「…………何かのプレイか?」
「違うっ!!」
カミールが思わず叫んだ時だった。
さっきカミールたちが出てきた教会の扉が勢いよく開いて、中から誰かが飛び出してきた。
「カミール! イルゼから早く離れてっ!」
片方にヒビが入ってしまった丸メガネをかけたレーニィだった。
彼女は手に何やら小瓶を握りしめており、呪文を唱えるために口を開く。
「フフフッ。レーニィの魔法なんか昔から効かないじゃない」
イルゼが紋様の入った右腕を、レーニィに素早く掲げた。
イルゼとレーニィ、そしてカミールは同じ魔法学校の生徒だ。
元々攻撃魔法に長けていたイルゼは、レーニィに実技で負けたことなんかない。
彼女はそのことを揶揄していた。
「きゃぁあ!」
レーニィの詠唱が終わる前に、彼女はイルゼの強力な魔法で吹き飛ばされた。
握り締めていた小瓶が手から離れ、無情にも地面に叩きつけられて砕け散る。
中身の透明な液体も、地面に染み込んでいった。
「イルゼ! やめるんだ!」
そこに颯爽と現れたのが、イルゼの先輩である警備隊のクルトだった。
彼は風の魔法を発動させ、壁に打ち付けられそうになったレーニィを受け止める。
ゆっくりと地面に横たわったレーニィは、意識を失っていた。
その様子を見届けたクルトが、イルゼに向かって叫ぶ。
「最近様子がおかしいと思っていたんだ! まさか悪魔に魂を渡していたなんて……!?」
「……次々に邪魔が入るわね」
低い声で返事をしたイルゼがクルトを睨みつけた。
カミールも〝本当に。何だか人が集まって来てるな〟と心の中で返事をした。
するとハンスとユリアが遠くからこっちに向かって駆け寄ってくるのが見えた。
「おーい! カミール!」
「うわっ! ノーマルな一般人は来るな! 危ないぞ!」
カミールがつい、いつもの調子で叫ぶ。
それにユリアが返事をした。
「だって、リアリーン教会が騒がしいから何事かと思って……外には野次馬が集まっているわよ。そうしたらカミールたちの姿が見えたから……」
息を少し切らしながらそばまで来たユリアが、イルゼに気付いて喋りかける。
「イルゼ……雰囲気変わったね?」
「…………」
怪訝そうにユリアを見るけれど、押し黙っているイルゼ。
幼馴染たちが集まり出したので、何となく場の空気が持っていかれ始めた。
「カミール!」
遠くから名前を呼ばれたのでカミールが目を向けると、馬車から降りて来るマティアスが見えた。
「えー……」
カミールはついげんなりしてしまった。
隣のオリバーが瞬時に背筋を伸ばした。
半分悪魔になったイルゼの近くに、あんまり集まらないで欲しいんだけど……
けれどマティアスは真っ直ぐこちらに向かってきた。
初めはカミールと目線を合わせていた彼が、手錠に気付き険しい目つきに変わる。
「馬車でたまたま通りかかったら何やら騒がしくて……様子を見ていたらカミールが見えたから、またかと思って来て見たんだが……」
そしてカミールたちの前で立ち止まると、イルゼを睨みつけながら続けた。
「……カミール、なんで悪魔の手先なんか引き連れているんだ?」
「…………ウザいわね」
それまで大人しくしていたイルゼだったけれど、みんなの注目が集まった所で手を空に掲げた。
黒い稲光が彼女に呼応して、その手に一筋落ちる。
「うわっ!?」
「きゃぁ!!」
みんなは腕で顔をガードしたり、退いたりして防御の体制をとった。
そして異様な力を示したイルゼから、やんわりと距離を置く。
……カミールはイルゼに腕をしっかり掴まれているので、首をすくめることしか出来なかった。
「私とカミールの邪魔をしないでくれるかなぁ?」
イルゼがニッタリと笑って告げる。
カミールも〝ほんとほんと、これ以上人が集まると、そのうち王妃様まで来そうだからもう勘弁して欲しい〟と心の中で返事をした。
けれどその願いも虚しく、今度はカミールたちのいる地面が光り始めた。
「「!?」」
大きな魔法陣が地面に現れて、薄っすら紫色に色付いた光を放つ。
…………紫色…………
まさか……
カミールは嫌な予感がして顔をしかめた。
ちょうどカミールとイルゼを中心に、魔法陣が展開されて輝いている。
それがひときわ強く光ると、花の蜜のような甘ったるい香りがふわりと鼻をくすぐった。
「……リラ」
「あ、カミール。久しぶり?」
カミールたちの目の前に、魔女の正装姿のリラが現れた。




