59:脱出
リアリーン教会の地下に広がる良質な居住空間。
そこに閉じ込められているカミールは、同じく良質なソファに深く腰掛けていた。
足も腕も組んで、遠くのある一点をひたすら見つめて考え込む。
この場所にも、王宮の時と同じく床や壁に魔法封じがかかっていた。
本当にあの時と状況がそっくりだ。
違うのは……リラの世界に行くことが出来ないこと。
魔法が使えないカミールは、あの金庫の鍵も出現させることが出来なかった。
そして出来たとしても、リラの世界に今は通じていない。
逃げ込める場所が無かった。
たまにくる聖職者を倒す?
……どうやって?
助けを呼ぶ?
……どうやっ…………あ!
カミールはひらめいた。
魔法は使えないけれど……聖石の力なら使えるんだった!
もし俺の聖石の魔力を外の誰かが感じてくれたら……
それこそ警備隊の誰かが感じてくれたら……
禁忌の魔力だと思って、ここに捜査しにくるかもしれない!
他に良い案を思いつくことが出来ないカミールは、ひとまず試してみようと思い姿勢を正した。
「と言っても、聖石の力を発するなんて出来ないんだけどな」
と、ブツブツ言いながらも、目を閉じて意識を集中させる。
ーーダメもとでやってみるしかないよな。
自分の内に眠る聖石。
神秘的な淡い紫色の魔石。
カミールは体の中から湧き上がる聖石の力の源を探った。
リラと〝誓約〟を交わした時に、暖かい力が体中を巡った感覚を思い出す。
それをゆっくり外に放出するイメージを抱いて、しばらくじっとしていた。
随分時間が経った頃、流石に疲れたカミールは、ソファの背もたれに天井を仰ぎながら沈み込んだ。
「はぁ。何も起こらないかもなぁ……」
……何だかバカらしくなってきた。
カミールは心の中で嘆きながら、ゆるゆると瞼を閉じた。
すると、慣れないことをしてよほど疲れたのか、ソファにドサリと横たわり、すぐに眠りに落ちてしまった。
ーーーーーー
心地よい微睡の中、騒がしい音が聞こえてカミールは目を覚ました。
彼のいる地下にも、上でバタバタと複数人の駆け回る音が聞こえている。
「……何だろう?」
カミールはあくびをしながら上半身を起こし、ぼんやりと天井を見つめた。
心なしか天井が揺れているように見え、パラパラと粉っぽいものが落ちてきている気もする。
その時、扉が力強く開け放たれる音と、男性の叫び声が響き渡った。
「ま、待ってくれ! ここに……この地下にいるからっ!! っうわぁぁああ!」
男性の声は次第に遠ざかっていき、誰かが階段をゆっくりと降りてくる足音だけが聞こえ始めた。
カミールはその異様な雰囲気に、ソファから立ち上がって身構えた。
鉄格子の間から見える、通路の端に目を向ける。
誰かがもしここに来ているのなら、真っ先に目につく場所だ。
「…………」
真っ直ぐと迷いなく、誰かの足音がカミールに近付いてきていた。
その音がどんどん大きく、ハッキリと聞こえ始め、音の正体がカミールのすぐそばまで来ている。
カミールは冷や汗をかきながら固唾を飲んだーー
けれど彼が見つめる先にひょこっと現れたのは、見慣れたポニーテールだった。
「……なんだ、イルゼか……ビビったー」
カミールが脱力しながら息を大きく吐く。
聖石の力を感知したイルゼが、警備隊として来てくれたんだとカミールは安堵していた。
イルゼは鉄格子を上から下へと見つめて、右手で握りしめた。
そしてカミールをジッと凝視する。
「……あれ? てっきりあの女かと思ったのに……カミールが何で禁忌の魔力を帯びているの??」
「いろいろあってさ。それより、リアリーン教会のやつらに閉じ込められていたんだ。助けてくれよ…………ってイルゼ、何か頬について……」
カミールがそう言った時だった。
無表情のイルゼが何やら呪文を唱えた。
すると鉄格子の全てが一瞬にして白くなり、灰になったかのようにボロボロと崩れ落ちる。
「!?」
カミールは初めてこの目で見る魔法に固まった。
有を無にする魔法……?
それは、特定の者しか扱えない。
そして何より、よく見えるようになったイルゼの右頬に驚いていた。
彼女の頬には……鎖のような炎のような黒い紋様が入っていた。
「カミール、助けに来たよ」
イルゼがその頬を赤く染めて、ニッコリと笑った。
嬉しそうにカミールに向かって右手を伸ばす。
その右腕にも、頬と同じ黒い紋様が入っているのが見えた。
「イルゼ…………」
カミールが眉をひそめて、イルゼを睨みながら続けた。
「なんで……何で悪魔なんかと……」
そして苦々しく言い捨てる。
悪魔を表す黒い紋様は、魔術師なら誰でも知っていた。
魔術師じゃなくても、教養のある人なら分かるぐらいだった。
それほど有名なものが、幼馴染の体に刻まれている。
イルゼはニィっと歯を見せて笑った。
「だってカミールは悪い魔女と手を組んだでしょ? 助けてあげるためには、それ相応の力をつけないと……」
そう言って彼女はカミールの手を無理矢理取った。
嫌な魔力を感じとり、カミールは身震いする。
「私が……カミールをあの魔女から助けてあげるから」
そう言って笑い続けるイルゼは、もう以前の彼女ではなかった。
瞳の奥に狂気を宿し……悪魔と己の魂を融合させていた。




