57:魔女のリラージュラフィーリア
複雑な気持ちでエレンフリートを見ていたリラは、机に目線を移してカップとソーサーを手に取った。
自分の方へとそれを引き寄せて、しばらく紅茶の表面を見つめる。
そしてまた、口元だけに笑みを浮かべて紅茶を一口飲んだ。
ゆっくりと舌の上で味わってから飲み込むと、リラはそっとカップとソーサーを机に戻す。
王子はリラが紅茶を飲むのを見届けてから、部屋にいる従者に目配せした。
どうやら人払いを指示したようで、従者たちは出て行ってしまい、部屋にはリラとエレンフリートの2人だけに。
少しの沈黙の後、王子が静かに喋り始める。
「……リラ、取引をしてくれませんか?」
「取引?」
リラはエレンフリートを見つめた。
すると王子が嬉しそうに笑ってコクンと頷く。
「魔術師のカミールが、大金を用意してリラを手に入れたと教えてくれた時に……〝いつか必ず〟わたしも用意するから待っててって伝えましたよね?」
エレンフリートがはにかみながら、リラの手を掬い上げるように取った。
そしてその手に何か紙きれを置く。
「……これは?」
「小切手です。わたしの国庫に納めてあるお金から引き出せるようになっています。といっても急いでかき集めたんで、ほぼ全財産を貴方に渡します」
エレンフリートが照れながらも、小切手を持ったリラの手を自身の両手で包んだ。
「これでわたしもリラを買いたい。わたしの物になってくれませんか?」
王子が真摯に告白した。
「…………」
リラはただ目をパチパチと瞬きさせた。
本当にそれだけだったので、彼女が何を思っているのかまでは読み解けなかった。
それでもエレンフリートが熱心に見つめていると、リラがゆっくりと口を開く。
「カミールとの共同購入者になるつもり?」
魔女は首をかしげながら楽しそうに笑みを振りまいた。
すると王子がフッと不敵に笑った。
「そんな事を言い出すだろうなと思っていました。けれどリラはわたしを選ぶようになる」
「なぜ?」
まだ笑っているリラがそう聞くと、王子は彼女の手を握る力を強めた。
「それは……わたしの中にジークベルト国王の記憶があるからです」
エレンフリートの発言を聞いて、リラは顔から笑みを消した。
そんな彼女の黒髪を、王子は一房すくい取りキスを落とした。
そしてゆっくりと、勿体ぶるようにリラの耳元に顔を近付けて囁く。
「『君を1日たりとも決して忘れない。いつかきっと迎えに来る』」
「…………」
「……そう、約束しましたよね? リラとわたしが最後に会った日に」
リラがエレンフリートの瞳を覗き込むように見ると、彼はその目を細めて愛情を込めて笑った。
「……ジークベルトの記憶?」
リラが唇を震わせた。
信じられないというように、目を見張ってエレンフリートを捉えている。
「リラと会ってから徐々に当時の事を思い出しました。まだ全てではありませんが……」
彼はそう言いながら部屋を見渡した。
「ここで、よく2人でお茶を飲んで語らいましたね」
「…………」
「貴方がこのソファを気に入っていたのを覚えています」
「…………」
「白い像も、リラを忘れないという誓いのために作りました。貴方が好きだった紅茶の茶葉から名前をとって、女神ルゼワールと名付けて」
「…………」
リラはただただジッとエレンフリートを見つめていた。
それは彼の中に、ジークベルトの気配を必死に探っているようにも見えた。
そんなリラの頬に王子が手を添える。
「エレンフリートとして生まれた時から愛していました。白い像の貴方に恋焦がれ続けたのも、魂が感じ取っていたんです」
「フフッ」
リラがたまらずといった感じで笑みをこぼす。
そして目を閉じながら、頬に添えられたエレンフリートの手の上に、自分の手を重ねた。
「そうね。ここでよく2人でお喋りしたね」
リラが思い出しているのか、目を閉じたままニコニコと笑った。
そして瞼をゆっくりと持ち上げると、その紫色の大きな瞳にエレンフリートを映した。
「でも、お喋りをしてただけじゃないの」
リラの視線が挑発的なものに変わる。
エレンフリートは彼女の視線を受け止めながら、黙って続きを待った。
するとリラが、口の端を上げて魅惑的な笑みを浮かべた。
「もっと、いけないことをしてたの」
彼女が楽しそうにクスクス笑う。
リラが誘っていると理解したエレンフリートは、張り詰めていたものをふっと解く。
ーーそして、リラに自身の顔を近付けていった。




