56:魔女のリラージュラフィーリア
ーー主のいないカミールの部屋の中。
そこには黒いロングドレスを着た美しい魔女が立っていた。
気怠げに立つ彼女は、一種の妖艶さを纏って顔を持ち上げた。
ゆっくりと瞬きをし、手を口に当てて小さくアクビをする。
その様子はサンサンと降り注ぐ日光を浴びながらも、気を抜けばまだ眠り続けてしまいそうだった。
「ふわぁぁぁ……寝過ぎちゃった……」
魔女はそう呟くと両手を上げて伸びをした。
リラは……カミールが危惧していたように今まで爆睡していた。
「カミールが私の世界に来れなくなってたみたいだし……心配させたな? けど、私もあの時はいっぱい心配したんだから、いっか」
リラはそんなことをぼやきながら、部屋の窓を開けた。
途端に心地よい風が舞い込み、リラの頬を撫でていく。
それが気持ちよくって彼女は自然と目を閉じた。
風がリラの髪を揺らして遊び始めても、ジッとして好きにさせる。
そしてそのまま、カミールが何処にいるのか彼の魔力の気配を探った。
……聖石を取り込んだから、分かりやすいな。
リラはフッと笑みをこぼすと、ゆっくりと目を開いた。
そしてフワリと宙に浮き、窓枠に手をかけて外へと身を乗り出す。
「あ、急いで来たから魔女の正装を着てきちゃった……」
窓から飛び立とうと意気込んだ瞬間、リラは自身の格好が目に入った。
三角帽子は被ってはいなかったけれど、黒いロングドレスのあの服だ。
けれど、いつものように騒ぎ出すカミールを思い浮かべて、幸せそうにフフフッと笑みをこぼす。
そして今度こそ外へと飛んでいった。
リラはすぐさま姿を消す魔法を自分に重ねがけした。
飛んでる姿を誰かに見られて、騒ぎになってしまっても別にいいんだけど……
リラはふと考えた。
今までだったら見られた誰かなんて、次には会わないから気にしなかった。
ちょっとだけ意識が変わったのかもしれない。
…………
それはリラ自身にとって良いことなのか分からないけれど、彼女は自分に起こった変化を楽しむ気持ちが生まれていた。
そしてカミールの魔力の気配を辿ってついた所は、どこかの教会。
リラは建物の入り口の前に降り立とうと、地面に片足をつけた。
その瞬間、地面が強烈な光を発し、リラはたちまちその光に包まれる。
「ふーん……随分手の込んだことを」
一瞬だけ見えた地面の魔法陣。
すぐさま光にかき消されて見えなくなったそれを、リラは何なのか理解した。
なかなか高度な魔法だけど、私なら抗うことも出来る。
だけど……
ここは誘いに乗ってみようかしら。
リラは楽しそうにニヤリと笑った。
それを最後に、彼女の体は完全に光に包まれて見えなくなってしまった。
ーーーーーー
リラは魔法陣によって転移させられていた。
あの教会にいるカミールに会いにくるリラの為に、建物の外は魔法陣が張り巡らされていた。
リラに対しての明らかな罠。
それは同時に、カミールが何故か教会に捕まっていることを意味している。
リラは思案しながらも、目の前の、ある物を見上げた。
「……カミールって、前も捕まってなかったっけ??」
彼女の目線の先には、見覚えのある白い女性の像が立っていた。
女神ルゼワール……だっけ?
前に来た時に、横に並ばされたよね。
リラはぼんやり思い出していた。
王妃に捕まったカミールを助け出し、この女性の白い像を見たことを。
……ということは、ここは王宮の王族たちの住む区画。
私を無理矢理招いた相手は、王族の誰か。
彼女はそこまで考えると、途端に振り向いた。
「ようこそ女神様」
リラの背後には、ニッコリと笑うエレンフリート第二王子が立っていた。
彼はすぐさま跪くと、リラの手を取り甲にキスを落とす。
女神像の前で流れるように行われたやり取りは、絵画の中のワンシーンのようだ。
「今日も麗しいですね。取引の魔女リラージュラフィーリア」
「……転移の魔法陣を仕掛けたのは貴方?」
リラはニコッと笑みを浮かべた。
「どうかわたしのことは〝エレン〟とお呼び下さい。その代わりリラと呼んでも?」
「いいよ」
リラが快く承諾すると、エレンフリートは彼女の手を握ったまま立ち上がった。
「ありがとうリラ。そうです。転移魔法はわたしが指示を出しました。どうしても2人でゆっくり話がしたくて……手荒なことをしてしまい、申し訳ございません」
エレンフリートがすまなそうに眉を下げながらも、ゆっくりと歩き出しリラの手を引いた。
「そうなんだ。それで、どこに連れて行くの?」
リラは首をかしげながらも王子についていった。
「あっちでお茶を飲みながら話しましょう」
エレンフリートがチラリとリラを振り返り、フッと穏やかに笑う。
それがちょっとだけ……ほんのちょっとだけジークベルトに似ていた。
リラは目線を下げながら、口元にだけ笑みを浮かべた。
ーーーーーー
リラがエレンフリートに通された場所は、豪華な応接室のような所で……懐かしい場所だった。
彼女は見覚えのあるソファに近付き、そこにあることを確かめるように、背もたれを愛おしげにひと撫でする。
優しい水色を基調に優雅な花柄が描かれたそれは、すごく年代物の3人がけのソファ。
今ここにあるということは、何度も修繕されて大事に使われていたに違いない。
エレンフリートが過去を偲んでいるリラを優しく見つめ、そのソファに座るように促した。
「どうぞ座って下さい」
「……ありがとう」
リラがゆっくりと腰掛けると、エレンフリートも隣に座った。
するとそれを見計らったように、メイドたちが現れ、2人の前にあるローテーブルに紅茶を用意してくれた。
エレンフリートが流れるような美しい動作でカップとソーサーを手に取り口元へ運ぶ。
静かに紅茶を口へ含むと、丁寧に元へと戻した。
リラはそんな彼の様子をジッと見つめていた。
エレンフリートがその視線に気付き、リラに向かってニコリとほほ笑む。
その姿は…………
リラの心の中に、在りし日のジークベルトを彷彿とさせた。
ここは……
昔むかし、リラとジークベルト国王が、お茶を飲んで一緒に過ごした場所だった。




