55:レーニィ
カミールはレーニィと約束した通り、仕事が終わるとリアリーン教会へと足を運んだ。
教会の敷地内へと足を踏み入れたカミールは、改めて目の前の建物を仰ぎ見た。
青空に向かってそびえ立つ尖塔。
美しい白壁を彩る壁のレリーフ。
古くて歴史ある建物を象徴するかのように、存在感を放つ大きくて重厚な木の扉。
カミールはその扉をゆっくり引き開けると、礼拝堂の中へと足を進めた。
ステンドグラスからの柔らかい日差しが、堂内を照らす。
そんな穏やかなで静かな空気の中、カミールの足音だけがやけに響いて感じた。
珍しく礼拝堂の中には誰もおらず、カミールは1人真ん中の絨毯の上を歩く。
そして中央に飾られている、聖女リアリーンの壁画の前に立った。
そこにはリラとは全く違う、金髪の儚げな女性が描かれていた。
「うーん……聖女の理想像だな。これは」
カミールが腕を組みながら、うんうん唸っていると突然背後から声がした。
「ーーごめんね」
「!?」
急いで振り向いたカミールの目に、複雑な表情をしたレーニィが映る。
けれどその時にはもう、彼女が眠り魔法の呪文を唱えた後だった。
「なん……っで……?」
眠気に襲われたカミールが、膝から崩れ落ち、床にうつ伏せで倒れた。
必死に顔を動かしてレーニィを見つめる。
彼女の背後には、教会の聖職者達が何人も控えており、カミールたちの様子を見守っていた。
……くそっ……
は、め……られ………………
瞼が下がりきり意識が遠のく中、レーニィがクスリと笑う声が聞こえた気がした。
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次にカミールが目を覚ますと、フカフカで肌触りの良い寝具にくるまっていた。
「!?」
カミールは慌てて起き上がって辺りを見渡す。
ランプの薄明かりに照らされて家具が見えた。
今まで寝ていたベッドだけでなく、チェストやソファやテーブルといった、無駄に上質な家具に囲まれている。
誰かの部屋?
段々と目も慣れて、今いる空間の奥には謎の黒い線が縦に並んでいるのがハッキリ見えた。
だいぶ頭が覚醒すると、カミールはそれが鉄格子だということに気付く。
「…………またこのパターンか」
カミールが顔を歪めて舌打ちをした。
「なんで人をそう簡単に監禁したがるかなー!?」
そして腹いせに叫んだ。
ーーーーーー
カミールの叫び声が聞こえたのか、しばらくすると大勢の人たちが、ゾロゾロと階段を降りてくる音が聞こえた。
そのことと、無駄に大きなこの部屋に窓が一切無いことから〝この場所は地下なんだろうな〟とカミールは感じた。
何で教会の地下にこんな施設が……
彼が教会に対して嫌悪感を高めていると、一行がカミールの牢屋の前に到着した。
司教様とレーニィ、そして他の聖職者たちが勢揃いしている。
カミールはベッドの上で座った状態のまま彼らを迎えた。
人を易々と監禁するような奴らに向けて、睨みを飛ばす。
けれどカミールの悪意なんか気付いていないような、涼しい顔をした司教様が口を開いた。
「……カミール……様。おはようございます」
そして恭しく頭を下げた。
司教様に倣って他の者たちも頭を下げる。
「はぃ??」
カミールが眉をひそめて思いっきり不快感を表した。
顔を上げた司教様が、そんな彼に向かって淡々と続ける。
「貴方様の秘めた力……聖なる力が大きくなりましたので、わたくしたち下々の者でもその力を感じることが出来ました。貴方様は聖女リアリーン様の力を宿すお方です……」
「はぁ??」
カミールはますます調子が外れた声を上げた。
リラと〝誓約〟した時に聖石を飲み込んだからか、体から発する聖なる力が強くなったのだろうか。
聖職者なら誰でも感じ取れるほどに。
その証拠に、司教様に着いてきた下っ端の聖教者たちは妙にソワソワしていた。
カミールを尊敬の眼差しで見ている者もいる。
そんな中、司教様だけは渋々カミールを敬っているのが見受けられた。
彼の目だけ死んでいるからだ。
状況を把握したカミールが司教様に聞く。
「じゃあ何でこんな場所に閉じ込めるんだ!?」
「…………貴方様は違うお方の名前を語って布教活動をされておりました。それは明らかに異端行為であり、リアリーン教の質を落とすものです……ほとぼりが冷めるまでこちらで不自由なくお過ごし下さい」
「…………」
ようはアレだった。
聖なる力を持ったカミールが、万が一でも他の宗派を作り出さないための、物理的な囲い込みだった。
「めちゃくちゃ不自由なんですけど!?」
カミールはベッドから立ち上がると、柵越しに司教様の前まで詰め寄った。
「まぁまぁ。そこから出る以外は何でも仰ることをお聞きしますから……」
「そんなことを言われてもーーーー」
それからカミールが何を言おうが、司教様はノラリクラリとかわした。
段々とこの人に言っても埒があかないと理解したカミールは、司教様の隣に立つレーニィに狙いを変える。
「レーニィ! ここから出してくれよ。本当は嫌なんだろ? こんなことするの」
レーニィは不思議そうに首をかしげた。
「嫌? 全然。むしろカミールで良かった」
そう言って彼女はウットリと笑った。
初めて見るレーニィのそんな表情に、カミールがたじろぐ。
「…………俺で良かったって何が?」
「伝統で決まっているの。リアリーン教会の司教の子供は……適齢期になると聖なる力が1番強い異性と結婚するって」
「はぁ!?」
カミールは今までで1番素っ頓狂な声を発した。
レーニィは頬を染めて光悦の表情を浮かべている。
対して隣の司教様は、にが虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「レーニィのパパは心底嫌がってるぞ!」
「パパの意見は関係ない」
ピシャリとレーニィが言い切った。
関係ないと言われた司教様は、ひっそりと項垂れた。
「……っそれに、俺の意志とは関係なく無理矢理なんて……」
動揺したカミールが、どうにかこうにか拒否しようと言葉を続ける。
そんなカミールを見て、レーニィがクスリと笑った。
「エレンフリート王子から許可も降りてる」
「…………ここで王子が絡んでくるのかよー!!」
カミールは思わずまた叫んだ。
王子の許可ということは、王族の命令だった。
くっそー!
あのヤロー。
そうやってリラと俺を引き離す気だな!?
エレンフリートの企みに怒り心頭のカミールが、どうにかここを出れないかと視線を巡らせる。
するとレーニィが悲しそうに呟いた。
「カミールは嫌?」
「……え?」
「私はカミールが良い。学園でもこんな私によく話しかけてくれたから」
レーニィが柔らかくニッコリと笑った。
彼女からの突然の告白だった。
カミールは思わず顔を赤くして照れてしまったけれど、ハッと気付いて鉄格子を両手で握りしめる。
レーニィはビクッとしながらもカミールを見つめ返した。
「……俺はっ……監禁しないことが基本条件だー!!」
カミールはそう言い放って、レーニィからの告白を勢いよく断った。




