54:逢えない
倒れるようにして眠ったカミールは、3日目の朝にしてようやく目覚めた。
眩しい日差しの中、ムクリと起き上がった彼は、伸びをしながらリラを探して視線をめぐらせる。
当然、彼女の姿はどこにも無かった。
「さすがに帰ってるか……」
次にカミールは自分の体を見下ろした。
リラが魔法をかけてくれたのか、血であんなに汚れていたはずの服や寝具が綺麗になっている。
まるで何事も無かったかのようだ。
けれど〝誓約〟をリラと交わしたのは確かだった。
体の奥底に感じる違和感。
カミールの体の中に聖石が根付いている証拠だった。
何だか暖かい物を飲み込んで詰まっているような……
とりあえずまだ慣れない。
カミールはベッドから立ち上がった。
他にどこか変わった所は無いかと、キョロキョロと自分の体をくまなく見る。
以前と変わらない彼の体は、痛む所も無く、穏やかな力がみなぎっているようにさえ感じた。
こうしてカミールは〝誓約〟のおかげで一命を取り止め、これを機に聖石の影響で体調を崩すことは無くなった。
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これでようやくリラの隣に並ぶことが出来た。
そう思っていた矢先に、大変な事態になっていることにカミールは気付いた。
魔法の金庫の鍵を使っても、リラが住む世界へ行けなくなっていたのだ。
「…………拒否……されてる?」
カミールは何も反応しなくなった鍵を思わずじっと見つめる。
うーん、別れ際のリラはすごく怒っていたけど……
せっかく一緒に過ごせる体になったのに、機嫌を損ねてるのか??
彼は〝誓約〟が結べた時の自分の浮かれようがまずかったかなと少し後悔し、鍵に向かって半笑いを浮かべていた。
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それからも鍵は全く反応せず、焦るカミールを嘲笑うかのように時間だけが過ぎていった。
そして気付けば、リラと会えなくなって1ヶ月半が過ぎようとしていた。
カミールがリラの世界に行けなくなってしまうと、彼女から会いに来てくれない限り、他に会える術がない。
彼は不安な自分を必死に励ました。
「落ち着け、カミール。リラの1日はこっちで40日。きっと爆睡しているだけだ……」
「ここずっと、お前の独り言が多くて不気味なんだけど」
執務机に向かって仕事に勤しんでいるオリバーが、顔も見ずに言ってきた。
カミールはオリバーの商会の館に来ていた。
今はオリバーの執務室で、カミールのお客様が到着するのを待っている時間だった。
そんな暇な時にどうしてもリラのことを考えてしまうカミールは、心の声を全て言葉に出していたようだ。
しかも今日だけで無くだいぶ前から。
「だってリラが会いに来てくれないんだぞ」
「それを世間では〝愛想を尽かされた〟って言うんだ」
またオリバーから顔も見ずに鋭い指摘をされた。
「…………」
カミールは黙り込んでしまった。
仕事場だけでなく、家でも心配されていた。
以前は2、3週間連続してカミールが家にいると「リラさんとケンカしたの?」と尋ねてくれていた母親も、1ヶ月半にもなると何も言わなくなった。
その気遣いが逆に心苦しい。
「はぁ。怒ってるだけならいいけど……向こうで何かあったのかな……」
カミールがまたブツブツ言っていると、執務室にオリバーの部下が入ってきた。
彼がオリバーに耳打ちして何かを伝える。
「……分かった。通してくれ」
オリバーは小さく頷くと部下に指示を出した。
それからカミールをジッと睨むように見る。
「お前に会いたい奴が訪ねてきたそうだ。教会の関係者でややこしそうだから、カミールがすぐに対応してくれ」
オリバーは、カミールが接客に使っている隣の部屋への扉を、あごで指し示した。
オリバーはあまり信仰については興味が無く、どちらかというとそっち界隈の人たちを煙たがっていた。
だから教会の関係者が来たと聞いて、彼の機嫌が悪くなっている。
「……りょーかい。それにしても誰だろう?」
沈んだままのカミールはのろのろと立ち上がると、気持ちを切り替えて隣の部屋へと向かっていった。
カミールが扉を開けて部屋に入ると、ちょうど向こうもお客用の扉から入ってきた。
お互いの視線がバチっとぶつかる。
一瞬の緊張の後に、カミールはフッと緊張を解いた。
「俺に会いたいってレーニィだったのか。どうしたんだ?」
カミールはひとまずソファに座った。
レーニィにも座ることを勧めたけれど、彼女はフルフルと三つ編みを左右に揺らして、扉の前から微動だにしなかった。
そして大きな丸メガネの奥から、ジロリとカミールを見る。
「リアリーン様のことで、新しく分かったことがあるの」
レーニィは立ったまま、カミールに話しかけた。
どうやらこのまま話を進めるようだ。
「え?」
「カミール、知っといた方がいい。聖なる力のことだから」
半ば説得するようなレーニィの言いように違和感を感じながらも、カミールは考えてみた。
もう特にリラの過去について詳しく知る必要は無いし、何なら本人に聞けばいいんだよなぁ。
って、その本人に会えないか……
はぁ。
思考が違う方向に進み始め、カミールが一気に暗くなる。
「??」
レーニィが不思議そうに首をかしげた。
カミールはそんな彼女の丸メガネをぼんやり見つめながら更に考える。
待てよ…………もしかしたら、現状を変えられる何かを知れる……かも?
そう思い直したカミールは、少しだけ清々しい心持ちでレーニィに返事をした。
「ありがとう。それは気になるから教えて欲しい」
「……古い書物だから、教会で。特別に見せてあげる」
そう言って何故かうつむいたレーニィは、浮かない顔をしているようにも見えた。
けれど無表情にも見える彼女の表情からは、それ以上読み取ることは出来なかった。
「じゃあ今日のここでの仕事が終わったら、リアリーン教会に行くよ」
段々と元気が出てきたカミールは、古いその書物が〝もしかしたらリラの先生が書いたものかもしれない〟と期待を膨らませる。
「…………分かった」
レーニィは頷くと、くるりと背中を向けて足早に部屋を出ていってしまった。
相変わらず淡々とした様子のレーニィに、カミールは苦笑を浮かべて見送った。
「あれ? それにしても何でここにわざわざ来たんだろう?」
カミールは首をひねった。
まぁレーニィは俺の家の場所とか知らないし、俺がここで働いている噂でも聞いたのかな?
なかなか有名になったもんだなぁ。
何も知らないこの時のカミールは、呑気にそんなことを考えていた。




