53:君と……
「……リラ…………リラージュラフィーリア。〝誓約〟を結ぼうか……」
カミールの弱々しい声の呼びかけに、リラはこぼれんばかりに目を見開いて彼を見つめた。
そして「いや……やめて……」と小さく呟きながら顔を横に振る。
ジークベルト国王が【聖石】の近くでリラと【誓約】した。
その代償に【命】を捧げて。
そして永遠に続く時を、聖石のそばに縛り付けられてしまった哀れで健気な魔女ーー
カミールは痛みに悲鳴をあげている体を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をした。
それが終わると、穏やかにリラを見つめて語り始める。
「……俺は……ずっとリラを解放してあげたかった……聖石のそばから……」
「…………カミール、やめて」
リラが横たわるカミールの顔を上から覗き込みながら、必死に顔を振る。
「〝誓約〟の存在を知ってから…………ずっと、考えてたんだ……リラが縛られている誓約を……どうにかしたかった」
「……誓約は私にとって強制的なの。命を対価にするの。そんな誓約、結ばないで……」
リラの瞳から涙が次から次へと溢れた。
そしてこの状況をどうにかしようと、顔をあげて辺りを見渡す。
けれど結局何も出来なかった。
彼女はどうすればいいか分からなくなって、ただただ涙を流した。
カミールを死なせたくない気持ちと、〝誓約〟を結ばないためにこの場から離れたい気持ちがせめぎ合う。
けれどもし今カミールから離れてしまったら……
次に会う彼は、息をしていないかもしれない。
カミールは痛みに耐えながらも続けた。
「……くぅぅ。…………もう……俺の体は無理なようだから…………リラのために使いたい……」
「っ!! そんなの全然嬉しくない!」
「これからは、もう独りじゃない…………俺は、リラージュラフィーリアと〝誓約〟をーー」
「カミールッ!!」
リラは思わずカミールにキスをして口を塞いだ。
彼女の涙がカミールの頬を濡らし、リラはほんのり血の味を感じた。
ゆっくりとリラが顔を離すと、泣きながらカミールに懇願する。
「お願い。それ以上何も言わないで……」
けれどカミールは優しくほほ笑むと、無情にも続きを口にした。
「俺は〝誓約〟を結ぶ……! リラージュラフィーリアと同じ時を過ごし、一生添い遂げることを! 対価は……俺の命だ!!」
「…………えええぇ!?」
リラは間の抜けた絶叫を上げた。
それと同時に、カミールの体がほのかに光り始めた。
体の中で聖石が輝いているかのように、カミールは淡い紫色をした暖かい光に包まれる。
それが徐々に真っ白なものに変わり、光も強さを増していく。
カミールは自然と目を閉じた。
体の内から何やら暖かい物が湧き出し、体中を巡っていく感覚が心地良い。
大きな流れに身を任せるように、彼は不思議と落ち着いた気持ちで変化を受け入れた。
体を蝕んでいた痛みや苦しさもいつの間にか無くなっており、体が元の状態に戻ったこともなんとなく感じた。
ーーーーーー
そうして光が収まった頃にカミールが目を開けると、リラが両手をお皿にした上に、ほわっと輝く光の玉を乗せていた。
それを訳もわからず見つめているリラは、もう泣いてはいなかった。
変わりに眉を下げて困惑している。
「…………まぁいっか」
リラがポツリと呟くと、その光をゆっくりと自分の胸に押し当てた。
すると光が徐々にリラの体の中に入っていき、全て入りきると彼女の全身がほわっと優しく光った。
カミールがそれを見ながら感心する。
「ふーん。〝誓約〟で俺の体がリラと同じ体質に変化した代わりに〝命〟がリラ預かりになったのか。リラが死ぬ時は俺も死ぬ……みたいな? けどリラは不老不死だからな〜」
「……カミール……元々こうする予定だったの?」
リラが呆れながらカミールを見た。
「?? どういうこと? あー、命を対価にするのに、逆説的に不死を願ったことが賭けすぎるって? まぁやってみないと分からないし〜」
カミールはニコニコしながら起き上がった。
自分の考えが上手くいって嬉しくなっている彼は、怪訝な表情のままのリラを勢いよく抱きしめる。
リラはカミールの腕の中で、モゴモゴと不平を言った。
「途中まではカミールの命と引き換えに、私の前の誓約を無効にするみたいな話してたじゃん」
「んー? そうか?? ……けどそれなら俺が死んで終わりだろ? 残ったリラが可哀想過ぎる。聖石の近くでいなきゃいけないけど、永遠の時を一緒にいれる方が断然いいよなー」
1人浮かれ切っているカミールが、ムギュムギュとリラを抱きしめた。
「最初からちゃんと言ってよ!」
リラが力を入れずにポコポコとカミールを叩いて叫ぶ。
「心配したんだからっ!! 死んじゃうって本気で思ったんだからっ!!」
「あははっ! いてっ。いてっ」
カミールは甘んじて叩かれながらも、幸せそうに笑い続けた。
「あははははっ…………あれー……いきなり目眩が……」
けれど、体の急激な変化に疲れた彼は、フラリと倒れるようにベッドに横たわった。
力も入りづらくなっており、起き上がれそうにない。
「……はしゃぎ過ぎたかな……」
カミールはリラに向かってニコリとほほ笑むと、重くなった瞼が自然に下がっていった。
「もう……知らないっ」
眠りにつく前にカミールが最後に見たのは、むくれて顔をプイッと背けるリラの姿だった。




