49:魔女の見る夢
倒れるように眠りについたカミールだったけれど、ぐっすり眠ると回復した。
聖石の影響で疲れやすくなっているだけかも、と思いながら、普段と変わりない日々を過ごす。
リラが眠りに入ってしまった時期だから、オリバーの商会に行ったり、慈善活動をしたりと、毎日何かしら予定を入れた。
けれど1週間もすると、リラに会いたい気持ちを抑えきれなくなる。
カミールは金庫の鍵を握りしめた。
ーーーーーー
白い壁に白い天井。
真っ白過ぎる空間に初めは落ち着かなかったけれど、今では恋人と過ごせる愛着の深い場所。
そんな場所にリラの部屋もしたいとカミールは願いながらも、聖石の影響に怯える気持ちがまだあった。
彼女の部屋へと続く扉の前に立っているのに、二の足を踏んでしまう。
……ちょっとリラの可愛い寝顔が見たくなったし、何より聖石になれる練習だから。
と、やっぱり帰ってしまいそうになる気持ちにカミールは気合いを入れる。
最後に大きく深呼吸をすると、グッと扉を開けて部屋の中へと入っていった。
弱いランプの光を頼りに薄暗い部屋の中を進むと、奥のベッドでリラが気持ちよさそうに眠っていた。
「すぅ……すぅ…………」
クッションを抱きかかえて丸まっているリラの体が、穏やかなリズムで呼吸の度に上下する。
彼女は今日も大小様々なクッションに囲まれていた。
気分によってお供のクッションを変えているようで、様子を見に来る度にリラのお気に入りは変わる。
カミールはベットの端に腰掛けて、リラの頭を優しく撫でた。
「どんな夢を見ているんだろうな」
フッと笑いながらリラの頬にキスをする。
それから名残惜しそうに彼女を見つめると、カミールは部屋を後にした。
カミールにとっての1週間は、リラにとっての4時間ちょっと。
まだまだ彼女は眠り続ける。
深く深く。
どこまでも意識は落ちていきーー
リラは過去に愛した人の夢を見ていた。
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リラージュラフィーリア。
長すぎるその名前を、人とは違った愛称で呼びたいと言ったあの人は、私を〝リア〟と呼んだ。
国王だったあの人には、美しい王妃様が3人もいた。
庶民の私が、彼の隣に並ぶことなんて到底無理だった。
それでも良いと、私はあの人を陰ながら好きになった。
愛していた。
だから聖石と遠くへ去って欲しいと命令された時は、胸が張り裂けそうなほど悲しかった。
彼が国王という立場で、正しい判断をしたことも分かっていた。
だから泣かない。
泣くもんか。
そんな意地を張って……
歯を食いしばって目を潤ませては、我ながらひどい顔で命令してきた彼を見つめた。
…………
けれどそこには……私と同じぐらい、ひどい顔をしたあの人がいた。
欲張りだった私は、そんなあの人と取引をした。
1日だけ。
たった1日だけでいいから、私の物になって下さいと。
聖石の近くはすでに次元に歪みが出ていた。
今ほどではないけれど、私の1日はあの人の15日ほど。
それでも良いと、優しいあの人は頷いてくれた。
嬉しかった。
幸せだった。
同じ思いを抱えていたのかもしれないあの人が、私に言った。
『君を1日たりとも決して忘れない。いつかきっと迎えに来る』と。
ーーーーけれどあの人は、私と過ごした数日後に亡くなってしまった。
私は【深い絶望】に陥った。
私のせいで、彼が亡くなってしまった。
考えが至らなかった自分が許せなかった。
ーーーー『君を1日たりとも決して忘れない。いつかきっと迎えに来る』
そう約束したのに、守らなかった……守れなかった彼に【裏切り】を感じた。
そうすることでしか、このやるせなさの捌け口が無かったから。
ーーーーあの人の〝願い〟を叶えてしまった。
私は望まない力を手に入れて、聖石から離れられなくなってしまった。
悠久の時を孤独に過ごさなくてはいけなくなってしまった。
終わりの見えない人生に絶望しても、死ぬことも出来ない。
……私は……
【憎しみ】を感じていた。
あの人が亡くなったと知って、聖石からほんの少しだけ離れて王宮を訪れると、あの人は墓碑の下にいた。
私は涙を流した。
悲しみに暮れた。
その時の涙が〝リラージュラフィーリア〟の花になった。
リラージュラフィーリア。
淡い紫色の大輪の花を咲かせ、細長い花びらがドーム状に見事に開く。
とても美しく品のある花。
その花言葉は
【裏切り】【憎しみ】【深い絶望】
私の醜い心そのものだ。
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「……っ!?」
リラは飛び起きた。
目覚めた瞬間に、ここは自分の部屋でさっきのは夢だったと理解し、落ち着こうと胸に手を当てて呼吸をする。
肩を大きく上下させながら、更に落ち着くために部屋を見渡した。
「……はぁ。嫌な夢を見ちゃったな……」
リラはカミールに借りた本をキョロキョロ探して、返したんだったと思い出す。
その本に書いてあった花言葉。
あれを知ったのがキッカケで、今日の夢を見たんだと薄っすら感じていた。
リラは顔にかかった自分の髪をかきあげて、後ろに流した。
「さすがファビエンヌ先生。私のことをよく分かっておいでで……」
弱々しく呟くと、口元に笑みを浮かべて顔を伏せる。
……あの花言葉は、ファビエンヌ先生が考えたもの。
私の当時の気持ちをよく理解してくれている。
……そしてこんな私でも、一緒に生きようとしてくれる人がいつか現れるって、先生は知っていたのかな。
リラの瞳に涙が浮かんだ。
遠い昔に亡くなった師匠が、永遠の孤独を生きることになった弟子のために、残してくれた書物。
それは、未来の誰かにリラを託した先生の想いの結晶。
リラはベッドの上で三角座りをした。
自分の膝を抱きしめて縮こまる。
自然とカミールのことを思い浮かべていた。
リラのために一緒に生きようと、一生懸命頑張ってくれる可愛い恋人。
「けれど先生っ。私はこれ以上どうすればいいのか分かりません……」
リラは自分の膝に顔を突っ伏した。
涙が溢れて自分の足をつたう嫌な感覚がする。
けれどそんなことはお構いなしに、彼女は声を出さずに泣き続けた。




