45:大切な人にはカッコよく見せたい
カミールは白い部屋に出来るだけ通うことで、地道に聖石の影響から体を慣らしていた。
向こうで長時間過ごせるようになると、2日ぐらいは姿を消してしまうようになった。
けれど2週間はずっとこちらにいる期間がある。
リラが向こうの世界で眠っている時間だ。
1人で白い部屋で過ごせば訓練にはなるんだけど……
それは流石にやるせない。
なんとも手持ち無沙汰な期間だ。
覇気の無い息子を心配してか、母親から言われたこともあった。
『長いことこっちに居るけど、ケンカでもしたの?』と。
リラとの交際に理解のある母親で嬉しい反面、毎回その期間に〝振られたの?〟という顔で見てくるのは止めて欲しい。
カミールは、4ヶ月おきにしか会えなかった時からしたら、2週間なんて余裕だと思っていた。
でも自由にリラの所に行けるようになったから、彼はよけいに寂しさを感じるように。
そんな時はリラの部屋にこっそり入って、眠っている彼女を眺めては帰ってきていた。
それはもう、速攻で。
リラの部屋の聖石の影響はまだ怖い。
いきなりくる。
寝ているリラにイタズラしたいけど、1度倒れた恐怖からそれどころじゃなかった。
ーーーーーー
「もっと慣れて、リラの部屋でも一緒に過ごせるようになりたいんだけどなぁ……」
カミールがそんな独り言を言いながら街を歩いている時だった。
歩道の横を駆け抜ける馬車の一台が、いきなりカミールの横で急停車した。
かと思ったら、中から伸びて来た手に腕を掴まれて、強引に中に引き摺り込まれる。
「うわっ!! この感じは……」
馬車の中で身構えながら相手を見ると、やっぱりマティアスが居た。
「……普通に声かけてくれません?」
カミールは掴まれていた腕をさすりながら、マティアスの向かいに座る。
「カミールは一時のゴタゴタで、エステン公爵家専属の魔術師として認識されているからな。所有者の僕がどのように扱っても、外野からは何も言われない」
マティアスが腕を組みながら淡々と述べた。
すると馬車がゆっくりと動き始めた。
またカミールはどこかに連れていかれるらしい。
「暴論だっ! ……で、今日は何を?」
この人に逆らうと面倒なことが分かっているカミールは、早々に諦めて切り替えた。
「まずはヘレミーナと無事に婚約解消出来た。感謝する」
マティアスの言葉に、カミールは〝あのゴリラか〟と心の中である意味偲んだ。
そのゴリラの元婚約者は、何も感情を乗せていない表情をしている。
けれど少しだけ口元を緩めると話を続けた。
「それから、レナータという令嬢と新たに婚約を結ぶ運びとなった」
「それはおめでとうございます」
「レナータは慈悲深い人なんだ。彼女の家がサポートしている孤児院の子供に、気掛かりな者がいるそうだ。自分がゆくゆくは離れてしまうことに、心を痛めている」
「…………」
「そこで、何やらオリバーの商会で医者もどきを始めたカミールの出番だ」
「……というと、傷跡があるんですか?」
「そうだ。虐待されていた孤児らしく、背中に酷い傷跡があるんだ」
「それは可哀想ですね…………けどーー」
カミールは途端にスンとしてマティアスを見た。
その様子に気付いたマティアスが、眉をひそめる。
「どうしたんだ?」
「……どうせ婚約者にカッコつけて『僕が治してみせる』とか何とか言ったんじゃないですかー??」
「…………」
図星だったのかマティアスが目を逸らす。
心なしか、頬がほんのり赤くなっている気もした。
その珍しい反応に楽しくなったカミールが、ますます悪ノリした。
「俺の力を利用して『マティアス様、素敵!』って言われたいんでしょ!? いやー、マティアス様にもそんな気持ちがあったんですねー!!」
「……カミール」
マティアスの地を這うような低い声が、空気を揺らした。
「…………はい」
「ちょうどカミールのような……少年らしさを残した若い男性を好む、貴族のご婦人を知っている。会ってみるか?」
「…………っ!」
カミールは顔を左右にブンブン振った。
マティアスが睨みつけながら、口端をあげる。
「カミールは庶民だからな……そのご婦人の屋敷から出られなくなっても、誰も文句が言えなーー」
「調子に乗って申し訳ございませんでしたっ!」
カミールはひたすら頭を低くして謝った。
そうこうしている内に、目的地についた馬車が速度を緩める。
頭を下げ続けているカミールは、馬車の揺れが穏やかになっていくのを感じた。
「レナータが先に来ているから、変なこと言うなよ」
マティアスの言葉がだいぶ上の方から聞こえた。
どうやら彼は立ち上がったようだ。
それに気付いたカミールが顔を上げると、馬車は完全に止まっており、マティアスが先に降りようとしていた。
「あ、待って下さいよっ」
カミールも慌てて彼に続いた。
ーーーーーー
「こんにちは。私はレナータ・アイスリッヒと申します」
孤児院の建物に向かうと、入り口で女性が待ち受けていた。
物腰柔らかな彼女は、どうやらマティアスの言っていた婚約者らしい。
ニッコリ柔らかく笑い、顔をかしげるレナータはほんわかした女性だった。
「こんにちは。ボクは魔術師のカミールです」
物腰が柔らかいレナータに、カミールは猫被りバージョンで接する。
「マティアス様からお聞きしておりましたわ。ここまで出向いて下さり、ありがとうございます」
嬉しそうに顔を綻ばせるレナータは、こっちまでほっこりした気分になるような、朗らかな空気をまとっていた。
「マティアス様、わたくしの我儘に付き合わせてしまい申し訳ございません」
「このぐらい大したことないよ。それよりーー」
マティアスとレナータが喋り始めた。
その間に、カミールは2人を交互に見て〝ふむふむ〟と納得しながら頷いていた。
マティアス様は、こんな感じのふんわりした女性が好みだったんだな。
随分ヘルミーナ様とはタイプが違う……
「おい、カミール。行くぞ」
考え込んでいたカミールは、マティアスの声で我に返った。
ハッとしてマティアスを見ると、怪訝な表情を向けられていた。
カミールが何を考えているのか、彼にはお見通しのようだ。
「あ、はい。行きますっ!」
後ろめたさを隠すように元気に返事をしたカミールは、また慌ててついて行った。




