43:想いの強さ
白い部屋の白くて広いソファ。
そこの背もたれに沈み込むように、もたれているカミール。
彼の膝には仰向けに寝転がっている魔女がいた。
猫みたいな彼女の柔らかい髪の毛を、カミールは何となしに撫でている。
リラはそれこそ毛繕いをしてもらっている猫のように、目を閉じて気持ちよさそうにしていた。
2人でまったりしている時間。
カミールがふと気付いたことをリラに聞く。
「それにしても、ミニュといい、取引の魔女についてといい、誰がそんなに細かいリラの特徴を書いたんだろう……」
「うーん、私も気になってたんだけど……取引の魔女については、どうやら師匠であるファビエンヌ先生が書いたみたいだよ」
リラが少しだけ悲しそうに笑った。
「…………何で?」
カミールが髪を撫でていた手をピタリと止める。
「きっと……私がカミールたちの世界に行きやすいように……」
「??」
「何故だか分からないんだけど、私の概念が強くなるとカミールの世界に居やすくなるの」
「それってどういう意味?」
カミールが下を向いてリラの顔を覗き込んだ。
リラがクスクス笑いながらカミールに向かって右手を伸ばした。
「実はね、リラージュラフィーリアを知っている人がそのことを考えている時間は、カミールの世界で私が形を取れる時間に応じているの」
穏やかな目で笑うリラが、カミールの頬にそっと触れた。
カミールは無意識にリラの手に自分の手を重ねる。
「……って言うことは……?」
「カミールが私のことを考えてくれればくれるほど、そっちの世界で居られる時間が長くなるんだ。まぁ今は、私の存在を再び認知する人が増えたから、もうカミールだけの想いじゃないけど」
「〜〜〜〜っ!!」
カミールは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
反動でリラの手が跳ね除けられる。
顔を背けたままの彼が、ボソボソと不満を口にした。
「じゃあ結局、言葉にしなくてもリラは俺の気持ちを分かっていたのかよ」
「あははっ」
リラは嬉しそうに笑いながら体を起こした。
そしてむくれた可愛い恋人の顔を覗き込む。
「ごめんね。そっちの世界で長く居られたことに気付いたのは、私を買いたいって告白された時。……だからカミールが私の胸だけじゃなくて、私を好きだってちゃんと分かってたよ」
「…………」
そっぽを向き続けているカミールが、目だけをリラに向けた。
リラは「機嫌直して」と言いながら、カミールの頬にキスを落とす。
以前にもこんなやり取りがあって、同じように機嫌が直ってしまったカミールは、なんて単純なんだろうと少し落ち込んだ。
「それでね、みんなから私が忘れられないように、ファビエンヌ先生は書物にして残してくれたんだと思うよ」
リラが三角座りをした。
ももに押し付けられた胸や、丸見えの足が目の毒になる。
カミールは「そっか」と言いながら、リラの背中と膝の裏側に手を回した。
そして少しだけ抱き上げて、自分の目の前に横向きになるように彼女を移動させる。
ギュッと抱きしめると、腕の中でリラが楽しそうに笑った。
カミールが彼女の耳元で囁くように聞く。
「もしその本が無くなって、誰にも知られなくなったら……もう次元の横断は出来ないのか?」
「うーん。出来るけど滞在時間がすごく短くなると思う」
「聖女リアリーンや女神ルゼワールとしての概念は?」
「……感覚的にノーカウントかな? ふわぁぁ」
リラが大きなあくびをした。
ーーーーーー
まだ白い部屋に滞在出来るカミールは、彼女の希望で少しのあいだ一緒に眠ることにした。
リラがソファを魔法で広くすると、2人で横になるには十分なものになった。
枕やブランケットも魔法で出現させて、楽しそうに配置していく。
それが終わった所で2人は寝具にくるまった。
けれど「あっ」と何かに気付いたリラが起き上がって、そばにサイドテーブルと目覚まし時計を設置した。
準備を終えたリラが、眠い目をこすりながらも、いそいそとカミールの隣に潜り込んでくる。
「エヘヘ。誰かと一緒に眠れるなんて、いつぶりかな」
リラが本当に嬉しいようで、横向きになっているカミールにギュッと抱きついてきた。
彼の胸元に顔を埋めて、満足そうにため息をつく。
カミールはそんなリラの様子に、長い時を独りで過ごすしかない彼女の心情を推し量った。
なんて孤独で寂しい境遇なんだろう。
人知れず世界の調和を保ちながら、ひっそりと暮らしているなんて。
カミールはそんな可哀想な魔女と、これからは一緒に居てあげたいと改めて思い、優しく抱きしめ返した。
「そのためには肉体改造かぁ……」
考え込むあまり、思わず声が出た。
「肉体?」
リラが不思議そうにカミールを見上げる。
「えーと……こっちに慣れるために、した方がいいこととかある?」
カミールはリラの前髪を撫でるようにかき上げると、おでこにキスをした。
くすぐったそうに笑ってからリラが答える。
「んー、魔法をいっぱい使うことかなぁ?」
「魔法を?」
「カミールの体には聖石の力が徐々に貯まるから、それを魔法を使うことで消費させて……体の中を循環させるの」
「なるほど」
「そう言えば、私もよく飛んでるのはそのためだった」
「疲れやすいからじゃなくて?」
カミールは少し笑いながらリラに聞く。
〝疲れたー〟と言って飛んでいる彼女しか、思い浮かばないからだ。
「フフッ、それもあるねー。だからたくさん眠ってね。今日はあと2時間ぐらいかな? 目覚ましかけたから、鳴ったら無理せず元の世界に戻ろうね」
リラが子供に言い聞かせるかのようにカミールに告げた。
子供扱いされると嫌なカミールだったけれど、彼女が心配している証拠だと分かってきたから、静かに頷くだけにする。
リラが良い子のカミールにニッコリと笑いかけた。
「おやすみなさい」
そして目を閉じると、頬をカミールの胸元にピッタリとくっつける。
ギュッとカミールに抱きついて眠るその様子は、リラの方が幼い子供のようだった。
「おやすみ」
カミールが穏やかな気持ちで目を閉じると、急に睡魔に襲われた。
彼は気付かないうちに、聖石の影響を受けていたのだ。
今までで1番、白い部屋で長く過ごしているからかもしれない。
リラが疲れやすいって言ってたのは、こんな感じ……?
…………
そしてまもなく、心地よい眠りの世界へと誘われていった。




