42:魔石の使い方
リラの部屋に入ってカミールが倒れてから、しばらく経ったある日。
そろそろ行っても大丈夫だろう。
と思い立ったカミールは、読んでいた本をパタンと閉じた。
本を無造作に机の上に置くと、窓に向かっておもむろに立ち上がる。
そして空を見上げながら、祈りを捧げるように呪文を唱えると、彼の手には銀色の金庫の鍵が現れた。
リラとの世界を繋いでくれる、唯一の鍵。
カミールはフッと笑みをこぼしながら、それを握りしめて目を閉じた。
すると部屋の奥にある金庫の小さな扉が白く光り、カミールを優しく包み込む。
まばゆい光が部屋いっぱいに溢れて、次第に物の境界線を消していく。
何もかもが白い光にしか見えなくなるころ、カミールはリラの元へと転移した。
ーーーーーー
辺りの空気が変わったのを感じ、カミールはゆっくりと瞼を持ち上げる。
するとそこは、何度も来ているあの白い空間だった。
今回も無事に来れたことに安堵しながらも、目の前の変哲の無い扉を見据える。
一呼吸置くと、リラの部屋と繋がるその扉まで、カミールはスタスタ歩いて行った。
扉と対面した彼はドアノブに手を伸ばし、開け放って中を覗く。
部屋には灯りがついており、リラは起きて活動していそうだった。
けれど姿は見えない。
「リラー?」
部屋の中に入るのがまだ怖いカミールは、身を乗り出して彼女を呼んだ。
すると遠くからパタパタ歩く音がして……
「カミール、来てくれたんだ」
部屋の奥にある扉が開き、エプロン姿のリラが現れた。
「!? っビックリした」
リラを一目見てカミールはドキッとした。
けれど自分の見間違いに気付き、すぐに冷静になる。
彼女はいつもの薄着の上に、肩紐にフリルがついた可愛いエプロンを身に付けていた。
だから真正面から見ていたカミールは、エプロン1枚かと思ってしまった。
……でもよく見ると、紺色のヒラヒラ揺れるスカートが、エプロンの裾から顔を覗かせている。
リラが不思議そうにカミールに近付いてきた。
「どうしたの?」
「……エプロンだったから。何か料理でもしていたのか?」
カミールは、細かいことを伝えるのはやめた。
絶対呆れられるから。
その代わりに近くにきたリラを抱き寄せて、ハグしながらキスをした。
リラは嬉しそうに目を細めて、ニコニコしながら答える。
「魔法薬を作ってたから。料理みたいなものかな」
「…………」
発言は恐ろしいけれど、今日はエプロン姿が家庭的に見えたからか、ほんわかした気持ちがどうにか勝った。
カミールは笑顔を浮かべて、珍しく髪を1つに束ねているリラを見つめた。
「ん?」
リラが穏やかに笑いながら首をかしげる。
カミールはリラと手を繋ぎ、白い部屋のソファに向かって歩き始めた。
「今日の格好も新鮮で可愛いな」
カミールがそう言うと、ちょうどよくソファの前に着いた。
すると示し合わせたかのように、2人同時に並んで座る。
「え?」
リラはカミールを見つめたまま、まばたきを数回した。
そしてクスクス笑いながら続ける。
「あはは。今日は素直だね。てっきり〝裸エプロンにしたら〟って騒ぐかと思ったのに」
「…………」
カミールは騒いでいいのか迷った。
この魔女はカミールのことをよく分かっている。
裸エプロンにかすっている今日の格好も、わざとかなと思えてきた。
これは……巧妙な前フリ!?
そう思い直したカミールは、やっぱり騒いでみた。
「裸エプロンにしたら?」
「…………ミニュについて調べてなかったら、下着にエプロンぐらいは着てあげたかもー」
ジト目になったリラがカミールを責めた。
「もうそれは普段の服装と変わらない……」
そこを拾うべきではないと分かっていたけれど、カミールは思わず抗議の声をあげた。
「…………」
リラがジト目を通り越して、冷ややかな目を向ける。
「ごめんって。そしてミニュについても、オリバーに何気なく聞いたら知ってたんだって」
「ふーん。それで?」
「それでって?」
「何か思わなかった??」
リラが口を尖らせながらむくれている。
カミールは慎重に答えた。
「…………流石に大袈裟すぎだよな? いくら魔法薬を飲むからって……」
「そう、そうなの!」
リラがカミールの腕に手をかけて、ズイッと顔を寄せた。
頬を赤くさせて怒り気味の魔女が、熱心にカミールを見つめながら続ける。
「恥ずかしくって、あんまり知られたくなかったのに……」
けれど途端に気落ちしたリラが、顔を伏せて視線を彷徨わせた。
カミールはリラの様子にホッとしていた。
やっぱり、聖石を食べたわけじゃないんだと。
そんな彼に対して、満面の笑みで顔を上げたリラが言い放った。
「鉱物を食べるからって〝何でも食べる〟って酷いよね。流石にそれはちょっと……」
「え! 聖石は食べたのか!?」
カミールが思わず叫ぶ。
リラはきょとんとして答えた。
「カケラをね。何ならこの前買った魔石も摂取するよ」
「!?」
カミールは衝撃で固まりながらも、なんとか口を動かした。
「……何でも食べるのと変わらなくない?」
「変わるよー。だって、ほら……ソファは食べないでしょ?」
一生懸命なリラが、座っている白いソファに指を差す。
カミールは反射的に半笑いを浮かべた。
「っ!! 魔石は食べれるんだよ!」
焦った魔女が手のひらの上を光らせた。
右手には透明な液体の入ったグラスと、左手にはこの前買った魔石が。
「こうやって……」
リラがグラスの液体の中に、青い魔石をポチャンと入れた。
魔石はシュワシュワと蒸気を上げて溶けていく。
「ひぃっ!」
カミールの表情が引きつる。
そんな禍々しい物体に向かってリラが呪文を唱えると、鈍く光ってから静かになった。
ムッとした魔女の手には、青い液体が……
「これを飲むんだよ」
「っ何のために!?」
「…………食事の代わり?」
リラが自分でも不思議そうにしながら、首を可愛らしくコテンとかしげた。
そしてある事に気付いて彼女がニヤニヤ笑う。
「この世界に食べ物は無いし……ゆくゆくはカミールも……じゃない? せっかくだから飲んでみたら?」
悪どい魔女が、青い液体入りグラスを差し出してきた。
カミールは顔をしかめながらそれを見つめ、リラに聞いた。
「……もしかして、〝肌の黒い所を消す魔法〟の取引の時や、抗体の魔法薬の時にも入ってた?」
「ううん。入ってないよ。素人にはちょっと……ね?」
リラがカミールを玄人扱いしてくれた。
魔術師としては、高等な魔法を使う魔女から評価されているようで嬉しいけれど……
カミールの心の中は〝勘弁してくれよ〟という気持ちしか湧いてこない。
いつまでも動かないカミールに諦めたのか、リラがグラスに口をつけてコクリと喉を鳴らす。
そしてそのままグラスを上に傾け、一気に全部を飲み干した。
「ほら、飲めるでしょ?」
「あ……あぁ……」
グラスが空になったことにホッとしたカミールは、悟られないように顔を背ける。
すると「ムフフ〜」と笑ったリラが彼に手を伸ばした。
「!?」
ビクッとしたカミールが振り向くと、ソファに少し膝立ちをしたリラと目が合った。
カミールより目線が高くなったリラが、ニヤリと妖しく笑い返す。
そして彼の唇を奪った。
リラはカミールの頭の後ろに手を回し、逃げられないように抱え込む。
さらに唇を重ねたまま、ググッと体重を彼にかけた。
カミールは次第に座った姿勢を保てなくなり、ソファに後ろ向きに倒れ込んだ。
リラが落ちないように腰を抱きながら。
押し倒されたカミールの口の中に、甘ったるい味が広がる……
しばらくしてからリラが顔を離すと、彼女は馬乗りになってカミールを見下ろした。
そして伏し目がちに満足そうな笑みを浮かべて、唇の端についた液体を小さく舌を出して舐める。
「ね、甘くて美味しいでしょ?」
「…………はい」
悪い魔女の色香にあてられたカミールは、頷くしかなかった。




