41:今度は医者もどき
ここはオリバーの父親が社長を務める商会の本部。
大きくて重厚感のある立派な館。
その一室にカミールはいた。
以前オリバーとの飲みの席で、商会に仲介役を頼んだ件について、正式に依頼があったのだ。
だから今日のカミールは、仕事をするためにここに来ていた。
紹介されたお客を目の前にして、彼は小さく息を吸う。
「どうされましたか?」
猫被りカミールが爽やかな笑みを浮かべて、裕福そうな婦人に尋ねる。
彼らはローテーブルを挟んで、ソファに座っていた。
「実はこちらの傷跡を治して欲しくて……」
婦人が右袖をめくって二の腕を差し出す。
そこには切ってしまったのか、スッと一本の黒い線が入っていた。
「任せて下さい」
カミールがニッコリと目を閉じて、営業スマイルを披露した。
今回のコンセプトは、傷跡が治せる医者のような設定だった。
商会と馴染みの深いお客の中から、そういった悩みを抱える人をピックアップ。
カミールが対応できる時に、順番に魔法を施す仕組みだった。
もう荒稼ぎをしなくて良くなったカミールは、事前にオリバーと決めた取り分を貰い、あとは友人に任せていた。
お客の人柄はある程度確かな物だし、前よりかは良いことをしている気分になれた。
美容に全フリではなく、傷跡を治す医者だからかもしれない。
カミールは今の待遇に満足していた。
その気持ちを笑顔に乗せてお客を見る。
……おそらくこの婦人は、後で商会からセールスをたくさん受けるんだろうけど。
これもオリバーの策略の1つだった。
カミールを紹介して特別に魔法をかけさせたお客に、恩着せがましく商品の紹介をする。
それが一連の流れであり、カミールはいわゆる客寄せだった。
ーーーーーー
「本当に綺麗になったわ。どうもありがとう」
先ほどの婦人が、傷跡が綺麗に無くなった腕を嬉しそうに撫でている。
ちょうど商会の従業員に呼ばれた彼女は、袖を直しながらも、後ろにある扉からいそいそと出て行った。
「うーん。相変わらず楽な仕事だなぁ」
カミールは伸びをしたあとに席を立って、婦人が出て行った扉とは反対側から部屋を出る。
そっちはオリバーの事務室につながっており、たいてい彼はそこで仕事をしていた。
部下をある程度抱え始めたオリバーは、営業で飛び回ることよりも、書類作成や指示を出す仕事の方が増えたそうだ。
けれど今日は違ったようで、女性のお客とテーブルを囲んでおり、何やら商談をしていた。
1人用のソファに座る女性と、彼女の向かいに座り、熱心に話しかけているオリバーの背中が見える。
カミールは商会の従業員の立場なので、慌てて挨拶をした。
「いらっしゃいませ…………って、リラ!?」
カミールが目を見張る。
呼ばれたリラは、フリフリと可愛らしく手を振った。
今日の彼女は、大人っぽいシンプルな黒のワンピースを着ていた。
一見するとドレスのようなロング丈の服で、体にピッタリと沿っている。
と言うことは、胸やお尻の丸みといった美しい曲線を全て、余す所なく、ひろっていた。
もちろん胸元は空いており、ふっくらした谷間が程よく見えていた……
今日も魔女は無意識に、その自慢の胸を惜しみなく見せつけ、そこはかとなく妖艶さを醸し出している。
「え? ちょ……どーいうこと?」
カミールがテーブルに近付くと、そこには沢山の宝石が並んでいた。
一粒ずつケースに入り、キラキラと自身を主張するそれらは、いかにも高そうなオーラを放っている。
どうやらオリバーがリラに勧めているようだ。
そのオリバーは、いつもの澄ました顔をしていたけれど、長年の付き合いがあるカミールには彼の心情が瞬時に分かった。
オリバーは今、内心デレデレしているっ!!
カミールが不満をこめて友人に怪訝な目を向けると、それに気付いたオリバーが少しウットリしながら言った。
「カミールが言っていた〝絶世の美女〟の存在は認めるよ。こうして会えたわけだからーー」
「お、おぅ。……それは分かったから、ちょっと寄れよ」
カミールは強引にオリバーの横に座った。
こっちのソファの方が、空いているスペースが大きかったからだ。
カミールは改めてリラを見つめる。
「なんで宝石を?」
「カミールに会いに来たんだけど、オリバーが今日の出会いに宝石を贈ってくれるって」
「はぁ!?」
カミールは思わず隣のオリバーを睨んだ。
友人はムッとしながらも口を開く。
「でも断られたんだ。その代わり宝石は見たいっていうお願いに、応えているだけさ」
そして悪びれる様子もなく肩をすくめた。
向かいに座るリラが、クスクス笑いながら宝石に目を向けた。
「なかなか良いのが揃ってるね」
リラが緩く腕組みした手を机の上に置く。
そして前に体を傾けて、宝石を品定めし始めた。
オリバーとカミールも釣られて前に屈む……
ハッとしたカミールが叫んだ。
「リラ!? 前屈みになるな!」
「??」
リラがきょとんとしながらも姿勢を正した。
「お前も見るなよ」
「見てないしっ」
カミールがオリバーの肩を掴もうとすると、友人は嫌そうな顔をしてかわす。
「冷静なフリして、さっきからガン見してるの気付いているんだぞ!」
「お前と一緒にするなって!」
そしてワーワー言い争いを始めた。
リラは何故だか騒ぎ出した2人のことは置いといて、宝石選びに集中した。
「これと……これにするわ」
ケースに入った2種類の宝石をリラが指名する。
カミールといがみ合っていたオリバーがピタリと止まり、笑顔を浮かべてリラに返事をした。
「その2つを選ぶとはお目が高いですね。けれど値段も張りますよ?」
「大丈夫よ。お金はいっぱい持ってるの」
リラもニッコリと笑い返し、手の上に魔法で出現させた大金を積み上げた。
ーーーーーー
オリバーはリラから受け取った代金をしっかり数えたあとに、売買の処理のため別室に消えた。
部屋に残されたカミールは、リラにここぞとばかりに聞く。
「宝石が好きなのか?」
「好きと言うか……この2つはただの宝石じゃないの。魔法の力を宿した小さな魔石よ」
「え? ……それをどうするんだ?」
「ちょっと……ね。魔法薬の研究に使ったり……」
リラが足を組んで、カミールに近い右側のソファの肘置きにもたれかかった。
ちょっとだけ向かいのカミールに身を寄せてくれたのだけど、艶かしい格好にしか見えない。
「その服……」
「エヘヘ。大人っぽいでしょ?」
「でもやっぱりエロい。オリバーに見せたくないんだけど」
「えー、露出が少ないから、気に入ってくれると思ったんだけどなぁ」
リラが大袈裟にため息をついてから、肘置きにさらに体を預ける。
すると少し緩んだ衿ぐりから、チラリと赤くて繊細なレースが見えた。
魔女の今日の下着は赤のようだ。
赤い下着は大いに気に入ったカミールは、リラにズイッと近付いた。
「よく見えなかったんだけど」
「何が??」
悪ノリしたカミールが、リラの服の衿ぐりに指をかけようと手を伸ばした時、タイミング悪くオリバーが部屋に帰ってきた。
慌ててカミールは手を引っ込め、背筋をまっすぐさせてかしこまる。
「ん? カミール、どうしたんだ?」
「……何も」
不思議がるオリバーに、カミールは目を合わせることなく顔を素早く横に振った。
オリバーは少し怪しんだけれどすぐに興味をなくし、宝石に関する書類をリラに渡した。
リラは肘置きから体を起こして受け取ると、ニッコリ笑う。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます…………」
オリバーは書類を渡し終えても、ついボーッとリラを見ていた。
けれどすぐさま切り替えると、カミールに話しかけてきた。
「ここまで初回で即決してくれたお客様は初めてだよ。カミールも何か買ってあげて、甲斐性見せたらどうだ?」
「……いや、あれ多分、俺が渡したお金の一部だと……」
「あぁそっか。うん、お金も美女に使われて喜んでる」
大きな商談をこなせたので、オリバーは気をよくしていた。
そしてリラに向き直り、真剣に見つめる。
「またいつでも見に来て下さい。カミールがいなくても、いつでもどうぞ」
「フフフッ。ありがとう。そうさせてもらおうかな」
リラが朗らかに笑ってから、机の上の宝石が入ったケースを手に取り、魔法で消した。
「……その魔法、どうなっているんですか?」
オリバーが思わずといった感じで聞く。
「え? 私の部屋に転移させてる感じだけど?」
感覚で魔法を使っているリラは、何となくで答えた。
「便利だなって思ったんで……そうそう、部屋に置いたままにして、ミニュートに食べられないようにして下さいね」
「ミニュート……」
リラが目を見張って息を呑む。
そしてゆっくりと顔を動かしてカミールを見た。
カミールはリラの目線を受け止めてから、ゆっくりと顔を動かして、あさっての方向を向いた。
そこに、ミニュートを知らないと勘違いしたオリバーの説明が続く。
「ミニュートは、特に鉱物を食べるのが大好きだと言われる妖精です。ミニュートに食べられないように身に付けましょうって言う、宝石に関する素敵な言い回しなんです」
「そうなんだ。素敵ねー」
絶対知っているリラが、不気味なほどニコニコと笑っていた。




