40:大事なことは早々に
父親から、魔女のリラとした〝取引〟について聞かれたカミールは、とても焦っていた。
大金を出して彼女を買ったって正直に言うのか?
それはやっぱり騙されまくっている息子としか思われないのでは?
かと言ってなんて言えば……
告白して、付き合うことになりましたーって純愛を全面に押し出す?
それもそれで、親にバカ真面目に言うのは気恥ずかしい。
しばらく葛藤したカミールだったけれど、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……大金を払って、その対価に彼女を……」
「んん??」
父親が眉をひそめた。
カミールは恥ずかしすぎて、逆に開き直ってしまった。
「うぅぅ…………あぁそうさ! お金を貯めて貢ぎに貢ぎまくったんだ! リラは何かをあげないと、純粋な気持ちは受け取らなかったから!」
「……どうしてなの?」
母親も訝しげにカミールを見る。
「どうしてって……時の流れが遅い次元で生きるリラは、大事な人を独りで見送って来たから……もう傷付きたくなくて……」
そこまで説明したカミールはハッとした。
口を継ぐんで、目の前の両親をじっと見つめる。
もし、俺がリラのいる次元に慣れて長時間過ごせるようになったら……
すぐに親との別れが来るんだ。
リラの1年がここでは40年。
それは、俺の1年が親の40年になるということ……
突然黙ってしまった息子を心配しながらも、父親は優しく笑いかけた。
「カミールもやるじゃないか。さっきの女性にプレゼントをたくさん贈ったんだな。それでカミールの気持ちに応えてもらったわけか」
「……え、あぁ。まぁそんなところ」
カミールはうんうん何度も頷いた。
父親の中では貢いだ=プレゼントをたくさん渡したという比較的穏やかな解釈らしい。
プレゼントを渡していたのは本当だし、もうそれでいいかとカミールは思った。
そんな息子に向かって、何かを決意した母親が尋ねた。
「しばらく来ないでって言われていたけれど……カミールとすぐに会えなくなる訳では無いのね? でもカミールがもしあの子の元へ行ってしまうと、もうお別れなの?」
反対はしたものの、息子の気持ちも優先させようと気遣う母親が目を潤ませる。
「違うんだ」
カミールは詳しく説明した。
リラのいる次元にゆっくり慣らしていることを。
段々とこっちで姿を消す時間が、長くなっていくことを。
もちろん、自分が不老になっているかもしれないことは伏せたままで。
何となく理解した両親は『せめて1年に1度は帰っておいで』と提案した。
「そのぐらいなら出来そう」
カミールは頷いた。
体から力を抜いて安堵した母親が、あっけらかんと言う。
「まぁ1年に1度会えるなら、王都から遠く離れた港町とかで結婚したのと一緒よね」
「え? うん…………まぁ」
さっきまで泣きそうになっていたのは誰だろうと言うぐらい、母親は元気になっていた。
そんな母親に向かって頷いた父親が、次に息子をしっかりと見据えて告げた。
「カミールはいつまで経ってもヤンチャな少年のようだし、年頃になっても良い人をなかなか連れて来ないから心配していたんだよ」
カミールは思わず照れて下を向く。
そして素直な気持ちをポツリともらした。
「……もっと反対されると思ってたから……」
彼はそれに続くセリフを心の中に留めた。
両親は、リラとの交際に思ったより好意的だ。
不思議に思ってカミールが何でか聞いてみると、母親がズバッと言った。
「何でって、そりゃあとても器量の良い女の子だから……カミールがあの子を捕まえられたのは奇跡に近いわよねぇ」
「えぇ……」
「だから騙されてるんじゃないかって、まず初めに思うのよー」
母親が手招きのようなジェスチャーをして、クックと笑う。
「でかしたな。カミール」
父親も陽気に笑っている。
酷い言われようだ。
けれど、さすが自分の親だとも感じた。
人に対する好みが似ている。
カミールが初めてリラを見た時に惹き込まれてしまったように、両親も多かれ少なかれテンションが上がっているのだ。
だから多分、魔女であることや、見たことのない魔法を使うことは二の次だ。
なぜならカミールもそうだったから。
笑い続けている母親が、ふと気付いてカミールに聞いた。
「『もう会えなくなると考えて』って言われたからビックリしちゃったわ。なぜそんな大袈裟に言ったのかしら?」
カミールが目を逸らしたまま、ぶっきらぼうに答える。
「多分、残りの時間を大切にさせたかったんだよ」
カミールはさっき心の中で考えたことを再度思った。
反対されると思ってたから……
〝絶縁覚悟でリラの世界に入り浸るつもりだった〟と。
心のどこかで『理解されないだろうから、もう会えなくなってもいいや』と短絡的なことを考えてしまっていた。
その気持ちがリラにはバレていたのかもしれない。
もしかしたら……リラも同じように思うのかもしれない。
『すぐ寿命が来るんだから、もう会えなくなってもいいや』って。
カミールはリラがなんであんな態度を取ったのか、じんわりと理解し始めていた。
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自分の元いた次元へと帰ってきたリラは、カミールから借りた1冊の本を読んでいた。
もういつものリラックスウェアに着替え、自分の部屋のベッドに寝転んでいる。
うつ伏せの状態から頬杖をついて顔を起こしているリラは、上から本を眺めていた。
足先は膝で曲げて、交互に上げたり下げたりしている。
その本は、カミールが7歳のころ図書館で読んだ本と同じものだった。
彼が古書巡りをした際に、偶然見つけて手に入れていたのだ。
リラは本に書かれた文字を目で追っては、ページをめくった。
一定の間隔でそれが続く。
しばらく経ったころ、リラの頬を一雫の涙が流れ落ちた。
「っ…………」
自分が泣いていることに気付いた彼女は、本にかからないように咄嗟に体を起こす。
そしてベッドの上に、ペタンと足をつけて座り込んだ。
「…………」
リラはただただ静かに涙を流し、拭うこともしなかった。
ポタリポタリとシーツに落ちる水滴を眺めてから、そっと本に手を伸ばす。
リラがパタンとそれを閉めると、古めかしい表紙の文字を切なげに指でなぞった。
『ファビエンヌ・クライトラー』
この本の著者の名前だった。




