39:大事なことは早々に
リラがカミール家の接客用のカップを手に取って、口元へと運んだ。
そして中に入っている紅茶を口に含むと、小さくコクリと飲み干す。
勿体ぶったようにそれをゆっくり元に戻し、目の前のカミールの両親を、淡い紫色の瞳で真っ直ぐ見つめた。
「私は取引の魔女、リラージュラフィーリアです」
凛としたリラの声がリビングに響き渡る。
「カミールと〝取引〟が成立したので、一緒にいることになりました」
淡々と説明をし続ける魔女は、ピンと背筋を伸ばして堂々としていた。
「「…………」」
机を挟んで向かいにいるカミールの両親が、面を食らって動けずにいる。
リラの隣に座るカミールはというと……
さっきからずっと照れくさくて項垂れていた。
あぁぁぁぁぁぁ……
何でこんなことに。
母さんに呼ばれて紅茶を取りに降りると、ちょうど父さんも帰ってきて……
すると母さんが『お父さん! 聞いて聞いて! カミールが女の人を連れ込んでるの!』って騒ぎ出して……
どこの誰か聞かれ始めた時に、リラがフワフワ浮きながら階段を降りてきて…
唖然とする両親と俺を見たリラが、ニッコリ笑いながら言ったんだよなぁ。
『せっかくだから、きちんと挨拶したいな』って。
赤い顔をして俯いていたカミールは、目線だけを上に向けて歯痒そうに隣のリラを見た。
彼女はカミールの視線に気付くと、穏やかな目を向けて優しくほほ笑む。
そして両親の方へと向き直った。
「私はいつもなら違う次元に住んでいます。そこはここに比べると時の流れがとても早い。カミールが私に会いに来るようになるので……貴方たちの前から長い時間居なくなります」
リラが息を小さく吸って続けた。
「もう、会えなくなると考えて下さい」
そして強く言い切った。
突然思ってもみなかったことを告げられて、動揺がピークに達した両親がこぼす。
「えぇ!?」
「いきなりそんな突拍子のないことを言われても……」
2人はお互いの顔を見たり、リラを見たりして、どう反応していいか分からなくなっていた。
カミールの母親が思わず息子に尋ねる。
「本当なの?」
「…………そう、だけど……会えなくなるって言うのは大袈裟で……」
そこにリラの冷ややかな声が響いた。
「私の1年がこっちでは40年。私の3日がこっちでは4ヶ月。その3日で国が滅んで、綺麗さっぱり無くなっていたこともあったの」
そしてさっきと変わらず、穏やかな笑みを向けてカミールに教える。
「白い部屋はそこまで早くはないけどね」
「…………」
カミールが黙ってしまっていると、母親の悲痛な声が4人のいる部屋に響いた。
「カミール、本当にそんな所に行っているなら、今すぐやめて」
「母さん……」
「カミールと会えなくなるなんて、私は反対よ。カミールはその……騙されてるのよ」
母親がすまなそうにチラリとリラを見ると、顔を伏せた。
父親は何も言わないけれど、厳しい表情をしている。
こんな時の父親は、大抵母親の同意を示していた。
するとリラが何てないことのように言った。
「そうなんです。息子さんは悪い魔女に引っかかってますよ」
「リラ!!」
カミールが大声を上げた。
両親からは〝やっぱり〟というような眼差しを向けられる。
その視線に居た堪れなくなったカミールは、リラが何でそんなことを言うのか分からない苛立ちを彼女にぶつけた。
「何で誤解されるようなことをわざわざ言うんだ! 俺はリラが好きだから一緒にいたいだけなのに!!」
…………
リラは嬉しそうにニコニコ笑うだけだった。
そんな彼女の体がほのかに光り始める。
「……帰るね。カミールはしばらく来ちゃダメだよ。体調を崩しちゃうから。私の力が湧いたら、またこっちに来るからね」
それから慌てて付け加えた。
「あ、読んでた本を1冊借りるねー」
ニッコリ笑ってそう言い残すと、彼女はまばゆい光と共に消えた。
光が弾けて粒になり、弱く瞬きながら力なく下へと落ちていく。
それらは床にたどり着く前に、フッと消えてしまった。
「ったく。この空気で置き去りにするなよ」
カミールが愚痴をこぼしながら肩を落とした。
それからしばらくして両親をそっと窺い見る。
「「…………」」
カミールの両親は、人が消えた摩訶不思議な現象を目の当たりにして、また動けなくなっていた。
ーーーーーー
硬直が溶けたようにゆっくりと動き始めた両親が、これまたゆっくりと息子に向かって喋りかけた。
「……あの人が、魔女であることは、理解したわ……」
呆然とした母親が紅茶のカップに手を伸ばした。
すっかり冷めてしまったそれを、温めるかのように両手で覆う。
父親は低くて穏やかな声を出した。
「あの魔女の女性と〝取引〟をして、一緒にいることになったって言っていたけれど……どういうことなんだい?」
「ええっとそれは……」
ドキッとしたカミールが、視線を彷徨わせて狼狽える。
ど、どうやって説明しよう……
カミールは久しぶりに、悪いことがバレて怒られる寸前の子供のような気分を味わった。




