38:彼女の部屋
リラに鍵を貰ってから2週間以上たったころ。
カミールはあの白い部屋に来ていた。
けれどさっきからずっと、リラの部屋に繋がる扉の前で立ち尽くしている。
彼は部屋に入るか長いこと迷っていた。
…………
リラの1日が俺にとって40日丁度とすると……
最後に会ってから16日は過ぎてるから、リラの中で9時間は経ってるはず。
そろそろ起こしてしまっても大丈夫……なはず!
カミールは扉のドアノブを握った。
……問題は……
リラの部屋で聖石の影響に耐えられるかどうか。
カミールは緊張しながらも、彼女に会いたい一心で扉を開けた。
ーーーーーー
部屋の中に恐る恐る足を踏み入れたカミールは、後ろ手で扉を静かに閉めた。
今のところ体調の変化は何もなく、ゆっくりと部屋の中を見渡す。
隅には優しいランプの光が灯っており、ぼんやりとなら様子を窺い知ることが出来た。
ここは白をベースに、どこか可愛らしさを感じる丸っこい家具に囲まれた部屋だった。
思ったほど散らかってはないけれど、小物がたくさん並べられており、雑多な印象を受ける。
そしてリラの、あの花の蜜のような甘い匂いで充満していた。
「リラー?」
カミールが小さく彼女を呼びながら奥に進むと、ベッドの上でスヤスヤとリラが眠っていた。
大小あるたくさんのクッションの一つを、抱きかかえながら丸まっている。
その寝顔はあどけなく、クッションに頬を埋める姿は猫のようだ。
リラは相変わらず、下着なのか服なのか分からない薄着で眠っている。
今日は薄いピンク色のワンピースだ。
袖をも嫌う暑がりな彼女は、今日も肩部分は紐だけしかない……
…………紐だけ?
その時リラが「うーん……」と寝返りをうって、クッションを手放し仰向けになった。
太ももが丸見えになり、右側の服の裾が足の付け根までめくれあがる。
カミールはベッドに膝をつきながら乗り上がると、リラに覆い被さり彼女を見下ろした。
スカートをペラッとめくって、どんな下着を履いているのか鑑賞してから元に戻す。
「リラ、そろそろ起きれる?」
何度か彼女の名前を呼ぶと、リラが薄っすらと目を開けた。
「ぅうーん……あ、カミールかぁ。おはよう」
リラが眠い目を擦りながら、あくびを小さくした。
カミールはそんなリラを愛おしそうに見つめ、腕の中に閉じ込めた。
そのまま自分も彼女の横にコロンと寝っ転がる。
「おはよう」
「……ふわぁぁ。起こしに来てくれたの?」
「ごめん、待ちきれなくて」
2人は横向きでしばらく抱き合っていた。
幸せな時間をカミールは噛み締める。
けれど腕の中から、穏やかな寝息が聞こえ始めた。
「まだ寝るのか?」
カミールはリラの寝顔にキスをした。
「…………ぅうん」
寝ぼけていることをいいことに、おでこや瞼なんかにもキスを落とす。
「フフフッ。起きたよカミール」
リラが楽しそうに笑い声をあげた。
それでもカミールは彼女をギュッと抱きしめて、また唇を重ねる。
リラの服の裾を捲り上げながら、彼女の暖かくて柔らかい肌に触れている時だった。
体に凄い圧を感じ、目が回った。
「!?」
カミールは体の不調を跳ね除けるように飛び起きると、ベッドから立ち上がって扉を目指した。
「カミール?」
背後から心配したリラの声が聞こえたけれど、構っている余裕は無い。
聖石の影響!?
これはっ……きっつい……
朦朧としながらも、カミールはなんとか扉まで辿り着き外へと飛び出す。
けれどそこで意識がプツリと途切れてしまった。
ーーーーーー
暗闇の中、いつものリラの香りと、柔らかいものがカミールの頬に当たっているのを感じた。
……すごく心地よくて落ち着く。
安らかな気持ちの中、カミールがそっと目を開けると見慣れた扉が見えた。
それは自分の部屋の中から、いつも見ている扉だった。
今日はその扉が90度回転した状態で見えており……
自分が横向きに寝ていることをぼんやりと理解して……
「そうだっ、聖石!?」
覚醒したカミールが、どこかに手をついて体を起こす。
「きゃっ!」
すぐそばでリラの悲鳴が聞こえた。
カミールが即座に振り向くと、驚いているリラと至近距離で目が合った。
彼も驚いたけれど、すぐにキョロキョロして今いる場所を確認する。
カミールは自分の部屋に戻ってきていた。
ベッドの上にリラが足を伸ばして座っており、さっきまで彼は横になって膝枕をしてもらっていた。
けれどいきなりカミールが起き上がったものだから、本を読んでいたリラが驚いて声を上げたのだった。
挙句にカミールがその本にぶつかったようで、床に飛んでいってしまっている。
「あ、ごめん」
カミールがそう言って素早く伏せた。
そして今度はリラのお腹の方を向きながら、膝枕の体勢に戻る。
彼はドタバタの中、ももの柔らかさを楽しむ状況は死守した。
「……ビックリした」
リラが飛んでいった本を魔法で手元に引き寄せた。
フワリと飛んできた本をそばのテーブルに置くと、その手でカミールの頭を撫でる。
「大丈夫?」
「……まだクラクラする……あれ? 着替えた? 何で??」
リラの太ももとカミールの頬の間に、邪魔なスカートがあることに気付いた彼がショックを受ける。
リラはこの前ケーキを食べた時に着ていた、黒くてヒラヒラしたワンピース姿だった。
「……元気そうだね」
リラは苦笑しながら、カミールを見下ろして続けた。
「私の部屋で長いこと居たらダメだよ。少しずつだよ」
彼女が子供を〝めっ〟と怒ってるかのように、人差し指を立ててカミールに忠告をする。
その指先の爪は、瞳と同じ淡い紫色をしていた。
カミールが気持ちを伝えた時と同じネイルの色。
それもそのはず。
リラにとっては昨日のことなのだから。
初めて見る変わらない爪先の色に、カミールは嬉しくなってニヤけてしまった。
そして仰向けになって、リラの視線を受け止める。
「……カミール、胸見てるでしょ?」
「あぁ。下からも絶景」
「話聞いてた?」
リラが深いため息をついた。
カミールはゆっくりと起き上がり、呆れ返っているリラと目線の高さを合わせた。
「あはは。聞いてたよ。今度から気をつける……けど……」
「けど?」
「リラと一緒に居られるのが嬉しくて……つい」
カミールはどうしても緩んでしまう顔を、見られるのが恥ずかしくなった。
それを隠すように、リラの後ろに回って背中から彼女を抱きしめる。
甘い香りのするリラの頭に頬を寄せながら、想いを伝えた。
「そして今まで我慢していた分、くっつかずにはいられない」
「フフフッ。私は暑がりだけど、カミールとくっついてるのは好きだよ」
リラが可愛いことを言いながら、カミールの腕を抱きしめ返してくれた。
「カミールー。起きてるー? 良かったら紅茶が入ったわよー」
1階から母親の呼ぶ声がした。
ギョッとしたカミールが、リラの頭から素早く顔を起こして扉を凝視した。
それに気付いたリラが呑気な声で喋る。
「あ、さっきカミールのママに挨拶したの」
「え? ……どこで会ったんだ?」
「もちろん、ここで」
「!? 膝枕の状態で!?」
母親の声がまた聞こえた。
「カミールー?」
そして階段を登る足音も……
「今行くから!」
カミールは部屋を飛び出した。




