37:ミニュ
「いつでも来ていいって言われたけど……行っても自分の部屋に引っ込んで寝てるだけだし……部屋には入れないから結局会えないし」
カミールは、ビールの入ったグラスの持ち手を握り締めて続けた。
「まぁけど短時間の滞在になるから、慣らす練習にはなってるんだけど」
そして長い愚痴を一気に言い終わると、ビールを飲んだ。
向かいの席に座るオリバーが、冷ややかな目でカミールを見つめ、手に持ったグラスに口をつけた。
そして一口飲むと、低い声で喋り始める。
「そんな現実味のない話をいきなりされて、信じろって言うのか?」
「本当なんだってば。オリバー以外の奴にこんな話をしてみろ、頭がおかしい奴だと思われるだろ!?」
カミールは今まで秘密にしていたリラとの出来事を、オリバーに洗いざらい打ち明けていた。
久しぶりに友人と飲んでほろ酔いになり、長年の想いが実った嬉しさからか、堰を切ったようにベラベラと喋った。
最近の不満に至るまで。
そんなマシンガントークを繰り広げるカミールに対し、オリバーはずっと冷たい視線を向けている。
「オレも頭がおかしい奴だと思ってるけど」
「オリバーは前からそう思ってるだろー? 何を今更……」
「何その返しにくいリアクション」
オリバーが薄焼きのピザのようなものを口へ運んだ。
それをモグモグとしばらく咀嚼してから、続きを喋る。
「で、絶世の美女と付き合うことが出来た代わりに、目が眩むような大金を巻き上げられて、遊びに行ったら寝てて相手にしてくれないって??」
「すっげー悪意のある話の切り取り方……でもだいたい合ってるから笑えない」
カミールがヘラリと笑ってビールを飲んだ。
そしてこの店の定番のおつまみである、ポテトのフライを口へと投げ込む。
「今度会わせろよ。その魔女に」
「……えー」
「そしたら信じてやるよ」
オリバーがフッと鼻で笑った。
カミールの話は突拍子がなさ過ぎて、オリバーからしたら半信半疑でしかない。
けれど長年の友人の言うことだから、寛大に見てあげていた。
「機会があればなー」
カミールがまたビールを一口飲む。
飲み慣れた味が口の中に広がり、余韻の苦味を味わった。
「仕事の方はこれからどうするんだ?」
オリバーが何気なく聞く。
「……もう貴族相手に仕事したくないし、単発のバイトでもすっかなー」
「あんなに儲かるのに勿体無いな」
心底残念そうな友人が、ため息をついた。
「だったらマージン取っていいから、商会で抱えてくれない? その代わり、俺が顔出した時しか仕事が出来ない不定期になるけど」
「……うーん、ちょっと考えてみるよ」
オリバーが真剣な顔つきになって、遠くを鋭く睨む。
商売っ気の強い彼は、最小限の苦労で最大限の利益を得る方法を考え始めたようだ。
カミールは〝根っからの仕事好きだなぁ〟と感心しながらオリバーを見守った。
けれど途中である事に気付いて、慌てて伝える。
「あ、襲いかかってくる系のお客さんの依頼は受けないぞ。あと野郎」
「…………襲いかかってくる系?」
「貴族って肉食系が案外多くって……もうこりごりだよ、本当に」
カミールが肩を落として気落ちする。
そしてまた思い出したことを友人に伝えた。
「あと最近分かったんだけど、俺の特殊な魔法は古い傷跡も消せるぞ。〝肌の黒い所を消す魔法〟だから、黒色に近いものなら大丈夫そうだ」
「なるほどな」
何かを閃いたようで、オリバーがニヤリと笑った。
そしてグラスに入ったビールを飲み干し、そばを歩く店員に追加を頼む。
カミールも同じく追加を頼むと、グイッとグラスの残りを飲み干した。
「……オリバーは〝ミニュ〟って知ってるか?」
「ミニュ?」
「歴史上とか、古くから伝わる人物だとは思うんだけど……」
カミールは結局リラが言っていた〝ミニュ〟のことを、まだ調べることが出来ていなかった。
いろいろな伝承とかを読み漁っているカミールが、聞いたことの無い名前なので、普通に本で調べても効率が悪そうだ。
そう判断した彼は、こうして会う人に地道に聞くことにしていた。
「ミニュ……それってミニュートのことか?」
「ミニュートって……あの!?」
「聞いてきたカミールが驚くなよ」
オリバーが、今日何度目か分からない冷たい目線をカミールに向けた。
ミニュートとは昔から噂として語られている、イタズラ好きの妖精だった。
「なんか寝てる間に、物にイタズラする妖精だっけ?」
カミールが首をかしげながらオリバーに聞く。
その時、追加で注文したビールが届けられた。
カミールとオリバーがそれぞれを受け取って、また飲み始める。
「そうそう。何でも食べる妖精で、特に硬い鉱物が大好きらしい。だからオレたちが仕事で取引相手と喋る時に、よくネタとして名前が出るんだよ」
「……硬い……鉱物……」
「宝石なんかの貴重品を『ミニュートに食べられないように大事に運びましょう』って」
「…………」
「北の地方のお客と喋った時に〝ミニュ〟と呼んでたことがある。地域によって呼び名が違うのかもな」
「…………」
「さっきから青い顔してどうしたんだ?」
様子のおかしくなったカミールに気づいたオリバーが、不思議そうに聞いてきた。
「何でもない」
カミールは咄嗟に首を振りながらも、頭の中では一つの可能性に行きついていた。
もし〝ミニュート〟のモデルがリラなら……
彼女は聖石を取り込んだ?
聖女リアリーンの言い伝えも『聖石を自分の中に収めた』ってあるし……
カミールの脳裏には、手のひらサイズの淡い紫色の石を「あーん」と頬張るリラが浮かんだ。
小動物のようにほっぺを膨らませた妄想のリラが、モグモグ口を動かしながら、カミールに満面の笑みを向けていた。




