35:遠い約束
語り始めようとしたリラがカミールの肩から顔を上げて、何故か冷めた表情に変わった。
そしてそのスンとした表情のままカミールを見る。
「……引かない?」
「え?」
「何を聞いても引かない? 変わらずに好きでいてくれる?」
リラがズイッとカミールに詰め寄る。
「……あ、あぁ……」
カミールが圧に負けて頷いた。
リラにとってはそれでも満足だったようで、安堵の表情を浮かべて、またコテンと肩に頭を置いた。
カミールは彼女の中に〝カミールに好きでいて欲しい気持ち〟があることが分かって、ニヤついていた。
「昔むかしの人間だったころの私は……」
リラが改めて語り始めた。
けれどすぐさまカミールが水を差す。
「ちょっと聞いていいか? リラがよく〝人間だったころ〜〟って言うけど……今は何なんだ?」
特に今回の出来事で、カミールが疑問に思った事だった。
魔女?
聖女?
女神??
……いったい彼女は何者なんだろうと。
「…………何だと思う?」
リラに質問を質問で返された。
本人も分かっていないようだった。
「ごめん、話を続けて」
「……昔はカミールたちみたいな普通の魔術師だったの。ファビエンヌ先生の元で教えを説いてもらっていた私は、困っている人のために魔法を使っていた。その代わりに食料やお金を貰って、生計を立てていた」
「…………」
「魔法の魅力にどっぷりはまり込んでいた私は、魔法薬を作ることにも夢中になった」
「……あの紫色のやつか」
「今は紫が多いけど、昔はもっといろんな色だったよ。それを……飲んだの。自分で。だってどんな効果があるのか調べたくなっちゃうよね?」
「…………え……うん」
カミールは静かに引いた。
あれほど〝引かないで〟と念を押されていたから、バレないように気を遣った。
あんな怪しげな魔法薬、しかも正規の作り方が確立していない、個人オリジナルっぽい試薬を飲むなんて……
それは危険な肉体改造。
「おかげで私は更に高い魔力を得たの。体温が高いのはその時の副作用」
「…………」
「そんな私を、その時の国王であるジークベルトがスカウトしてくれたんだ。王宮で思う存分研究しないかって。今思うと、人間離れしていた私を手の内に入れて、平和を保ちたかったんだろうね」
「…………」
「定期的に私が何をしているのか確認してくるジークベルトと話してる内に、好きになってしまって……」
リラの声のトーンが落ちた。
ついでにカミールの気持ちも沈む。
好きな人の……まだ未練が残ってそうな話を聞くのは、楽しい気分になるものじゃない。
「そんな時に、聖石と今では呼ばれるあの魔石がこの世界に誕生した。私はジークベルトの依頼を受けて、聖石を調べることにしたの」
「……張り切って?」
「よく分かったね。そう、聖石は調べれば調べるほど不思議なものだった。けれど普通の人には体の不調を及ぼす聖石。私は王宮から遠く離れた場所で、聖石と暮らすようになった」
…………
肉体改造の成果が現れたんじゃ……
カミールは引きつりそうになる頬を、どうにかふんわりとした笑顔の形にとどめていた。
「聖石の光を浴び続けた私は……その力を自在に扱えるようになり、人を超越した存在になってしまった。すると、聖石が成長し始めたんだ」
「成長?」
「うん。大きくなって、その影響で世界に歪みが発生するほどだった…………」
リラが説明を中断して、少しだけ物思いにふける。
けれど小さく息を吸うと、また物語を紡ぎ始めた。
「…………世界の危機に、ジークベルトが私に命令した。『聖石をどうにかして欲しい』って」
「……どうにかって……」
「私が聖石の近くにいると、何故だか聖石の影響を薄めることが出来たの。だからジークベルトも、そんなことを言いだしたんだと思う…………」
リラが悲しそうに眉をひそめて続けた。
「そこで私は出来るだけ遠くに、それこそ世界の果てに聖石と移り住むことにした。けれどその対価を求めた。ジークベルトと1日だけ一緒に居たいって」
「…………」
カミールは当時のリラの心情を考えると胸が詰まった。
国王も苦渋の選択だったのだろうか?
世界を壊す元凶となる聖石と共に、居なくなって欲しいという命令。
聖女リアリーンや女神ルゼワールが生贄のように語り継がれる節があるのは、この出来事が元になっているのだろう。
そして、その命令を受けたリラ。
……どれほど切ない思いで承諾したのだろう。
カミールは、自分の肩に身を寄せているリラに腕を回して優しく抱きしめた。
リラも体を少し動かして寄り添い直す。
「私がある程度聖石の近くにいないと、世界の均衡を保つことが出来なかった。それで私とジークベルトは、聖石の近くで1日過ごすことにしたの。1日ぐらいなら大丈夫って思ってたから。けれど……」
リラの瞳からポロリと涙が一雫落ちる。
気付くと彼女は音も立てずに静かに泣いていた。
「ジークベルトはあまりにも耐性がなかった。普通の人の中で1番と言っていいほど。彼は…………死んでしまったわ」
「1日だけで?」
「……そうなの。ちなみにカミールと会ってる白い部屋は、だいぶ聖石の力が弱まるようになっているんだよ」
「……あそこにやっと慣れてきたのに?」
カミールは青ざめた。
「隣の私の部屋で、聖石の力が半分ぐらいになってるかな? 他にも調合部屋や、それこそ聖石がある空間はもっと強いよ。あ、聖石の成長は今は止まっているから安心してね」
リラが淡々と説明した。
「…………」
カミールは複雑な心境になった。
リラが言うように、少しずつ慣らしていかないと自分も死ぬ可能性があることと……
聖石に全く平気な様子のリラに。
適正が抜群にあったって考えたらいいのか?
元々は人だったリラが聖石に平気になってるから、俺もそのうち平気になるだろうって思っていたけど……
そんな簡単なものじゃなさそうだ。
「ジークベルトが亡くなって、ショックを受けてしまった私は……聖石と共に違う次元の世界へと渡ったの。もう誰も失いたくなかったから」
リラの瞳から涙が次々と溢れた。
カミールの肩を汚さないようにリラは体を起こす。
そして俯いて泣いていると、隣から手が伸びてきた。
カミールがリラの涙を拭おうとしていた。
「……取引の魔女の涙は〝リラージュラフィーリア〟の花にならないのか?」
カミールがわざとらしく明るい調子で言った。
そしてその雫を優しく指で掬い取る。
リラがカミールを見つめ、眉を下げながらも少しだけ笑った。
細めた目から涙がますます溢れる。
「当時は確かに涙がお花になったかも。そんな魔法薬を、ちょっとした出来心で作った気がする」
「…………」
カミールはまたバレないように引いていた。




