31:魔女とカミール
「え? いいの?」
カミールが驚きすぎて〝何か騙されてるんじゃないのか?〟とまで疑って聞いた。
「うん」
リラがニコニコ笑いながら頷いた。
「買えるの?」
「うん」
「しかも付き合ってくれるって言った?」
「うん」
リラがコクコク頷く。
「リラ!!」
感極まったカミールがリラを抱きしめた。
彼女の頭を抱えるようにして大切に抱き込む。
「やった! やっとリラを手に入れた!」
「エヘヘ〜」
「しかも〝好きだ〟って言っても、もう大丈夫だよな? 伝えられないのが地味に辛かったんだ!」
「大丈夫だよ。もう逃げないから……」
「よく見たら思い出の黒い下着だし、もうこれは誘ってるよなー」
「あ、カミールらしさが戻ってきた」
リラがカミールの腕の中でコロコロ笑った。
いったん体を離したカミールは、幸せそうに笑うリラを見つめて、自分も笑みをこぼす。
そしてキスしようと顔を近付けて……
何故か気分が悪くなってしまい、クタッと体の力が抜けてしまった。
ちょうどリラの胸に、顔を沈める形になった。
カミールは目眩のような気持ち悪さを感じながらも、これはこれで心地いいと目を閉じる。
彼女の甘い香りに包まれてそうしていると、幾分か気分が良くなった気さえした。
そんなカミールを支えるように、柔らかく抱きしめたリラが聞く。
「どうしたの?」
「短いスパンでここに来たからしんどい……」
「…………んー、そうだっ」
リラが何かを思い付くと、カミールの体を自分から少しずらしてソファに優しく横たわらせた。
それから彼女は立ち上がると、宙にフヨフヨ浮きながら隣の部屋へと消えて行く。
カミールは気分の悪さから、リラが見えなくなると同時に目を閉じてしまった。
「お待たせ〜」
しばらくすると、柔らかいリラの声がした。
扉の閉まる音がして、それから音がしなくなる。
カミールが瞼の裏でリラの飛んでいる姿を思い描いていると、頭のそばのソファが揺れた。
リラがソファに座ったようだ。
「ちょっと頭を持ち上げるよ」
彼女がそう言うと、魔法の風が柔らかく吹いて、カミールの頭を宙に浮かせた。
そしてそこにリラが自分の太ももを差し込むようにして座り直す。
彼女の膝枕だ。
仰向けになっているカミールが薄っすら目を開けると、リラはグラスに入った怪しげな液体を手に持っていた。
その紫色の液体は〝下からの胸の眺めも絶景だな〟とか何とか思ってたカミールから、浮ついたことを考える余裕を消し去る。
カミールはグラスの底から目が離せなくなった。
ただでさえ不気味なその液体に、リラが何かを追加で入れたからだ。
「…………何を入れたんだ?」
カミールが思わず眉をひそめた。
目の前の液体が、何かを入れた瞬間グツグツ沸騰している。
「私の血」
指の先を切ったのか、人差し指を口に入れてチュッと舐めるリラがいた。
そしてカミールの後頭部に手を差し込んで少し起こすと、口元にグラスを近付ける。
カミールは目の前の紫色の液体を、否応なく凝視した。
もう沸騰はおさまっているものの、懐かしいような甘いねっとりした匂いを発している。
少年の時にリラと〝取引〟をして飲んだ、あの魔法薬の匂いを……
「ちょっと待った! 俺はリラを買っただけで魔法の能力は買ってないはず! 何を飲ませる気なんだ!? 何を!?」
カミールが拒否を示すために、思いっきり顔を横に向けた。
「きゃっ!」
カミールの勢いのよさに驚いたリラは、彼の頭から手を離して慌ててグラスを両手で持ち直した。
中身が無事だった事に、リラがホッとため息をつく。
それからカミールの様子を窺うと、どさくさに紛れてリラの太ももに頬をぴったりとくっつけていた。
「……柔らかい」
束の間の幸せをカミールが味わっていると、呆れたリラの声が降ってきた。
「これを飲めば、少しは抗体が出来るはず」
「こうたい?」
「んー、私が魔石に平気な力が、カミールにも少し宿るってことだよ」
リラが優しくほほ笑んだ。
カミールは太ももにくっついたまま、目線だけをリラに向ける。
「……自分に合わなかったら死ぬ系?」
「飲まなかったら死ぬ系」
リラが真剣な目つきに変わった。
珍しい彼女の様子に、何かを感じたカミールは思わず上を向く。
「えい」
「!?」
その隙を見逃さなかったリラは、カミールの鼻をつまみ、口にムリヤリ液体を流し込んだ。
「……ゴホゴホッ!」
何とか飲み干したカミールは、咳き込みながらも、ソファの座面に手をついて上半身を起こした。
「うー……魔石で気分が悪いのか、飲んだもので気分が悪いのか分からない……」
彼は青ざめてぐったりとしているものの、ソファに沈み込むように座り直した。
隣に寄り添うリラが、前にかがんでカミールの顔を覗き込む。
「いったんカミールの世界に戻ろうか。徐々に慣らさないと、拒否反応が出るかもだから……」
「じゃあ戻…………あ、待てよ。それは困る」
カミールはリラを手に入れた嬉しさで今まで忘れていた。
戻るとテレージアに監禁されていることを……
それからカミールは、自分が置かれている状況をリラに説明した。
説明しながらも体調がマシになってきたのを感じた彼は、隣にいるリラを抱き上げて自分の膝の上にのせた。
そして対面した彼女をギュッと抱きしめる。
やっと思いが通じたのだから、暇さえあればイチャイチャしたかった。
リラの体は胸を始め、どこもかしこもフワフワで柔らかくて触り心地が良い。
カミールはそんなリラの首元に顔を埋めながら、モゴモゴと喋った。
「もうここで住めれば気にしないでいいと思ったんだけど……」
「そっかー。ラインハルツの王族ね……」
トーンの低い声が頭上から聞こえる。
その様子に、リラと王族に何か因縁があるとカミールは感じ取ってしまった。
「……戻る時に、違う場所とかに戻せないのか?」
「うーん……座標を移すと、時間軸もズレるかもしれない……まぁずれても40年とかかな」
リラが恐ろしいことを言いながら、カミールの頭に頬を寄せて考え込んだ。
「それはやめてもらいたい」
カミールの声が思わず震えた。
するとリラが勢いよく顔を上げたのか、カミールの頭から急に温もりが消える。
「私がカミールについていくよ」
「え? ついてきて……魔法を使って助けてくれるのか?」
カミールはリラを見上げた。
「そうだね。それが手っ取り早いし」
リラが不敵に笑いながらカミールを見つめ返す。
……何とも心強い。
しかも恋人になったからか〝取引〟なしで動いてくれるなんて、ちょっと感激する……
人知れずカミールが幸せを噛み締めていると、リラがさっそく呪文を唱え始めた。
途端に光り始める2人の体。
「ちょ、ちょっと待った!」
そこに慌てたカミールの声が入りこんだ。
「??」
詠唱中のリラが首をかしげて返事代わりにする。
「着替えてくれ。普通の服に! ……てか今下着みたいなもんだから、上に何か着ろー!」
ーーカミールの叫びも虚しく、次の瞬間には2人の姿は消えていた。




