30:切望するもの
「…………!?」
リラの声をたしかに聞いたカミールは、飛び起きて辺りを見渡す。
けれど誰もおらず、いつもの白い部屋にはカミールだけがいた。
それでもキョロキョロと顔を動かしていると、あの花の蜜のような甘ったるい香りが微かに漂ってきた。
「リラ!? いるんだろ!?」
動揺を隠しきれないカミールが、顔を真っ赤にして声を張る。
彼の呼びかけに、実はすぐそばで立っていたリラが姿を表した。
「うぅ……カミールの様子がおかしいから『姿を消す魔法』でちょっと見守ろうとしただけなの……」
申し訳なさそうな顔をしたリラが、カミールの隣に静かに座った。
「……私の服装に何も突っ込まないし……相当おかしいなって思って」
そしてボソボソと言い訳を続ける。
リラが珍しく頬を赤く染めながら、窺うように隣のカミールを見た。
「……私を買いたかったの?」
「…………あぁ」
同じく頬を赤くして照れているカミールは、恥ずかしくて前を向いたまま返事をした。
「これは本気でメニュー表に載せてるんじゃなくて、牽制のために……」
「分かってる。けどリラは気持ちを向けられるのを嫌がるから。だからまずは〝取引〟をして、それほど真剣な気持ちをアピールしようと……」
カミールが顔を隠すように俯いて続ける。
「けど結局お金が足りなくってさ。カッコ悪いだろ。しかも今ピンチで『姿を消せる魔法』が必要だから、さらにお金が足りなくなるし」
自嘲気味に笑ったカミールが、やっとリラの方に顔を向けた。
そしてこの際だからと素直な気持ちを伝える覚悟で、彼女の瞳をしっかりと見つめた。
「…………」
リラは〝ピンチって何だろう?〟と不思議そうな表情を浮かべたけれど、何も言わずにカミールの言葉を待った。
「初めてリラに会った時から、本当はリラが欲しかった。子供心に絶対手に入れるって決意したんだ。他の人には『姿を消せる魔法』が欲しいって嘘をついていたけ、どっ……」
カミールは言葉を詰まらせた。
ずっとずっと、リラが欲しかった。
そんな大それた事をそのまま口にするのは恥ずかしかったから……〝消える魔法〟を手に入れるって言い換えていた。
そうやってわざわざ口に出して自分を励まさないと、奮い立たせないと、挫けてしまいそうだったから。
誰にも相談出来ない孤独の中、カミールは長い間ひたむきに頑張っていたのだ。
その想いが……
どうしようもなく溢れ出す。
「カミール……」
「……リラが心配している寿命の差だって……」
カミールはリラの方に体を向けた。
彼女の片手を取りギュッと握る。
リラの華奢な手は、暖かくて心地よかった。
だからつい手元に視線を向けると、淡い紫色の爪が目に入った。
彼女の瞳の色とお揃いのネイル……
一生懸命気持ちを伝えた、あの12歳の時の光景と重なる。
カミールの手はその時に比べると、大きくて逞しいものになっていた。
今ではリラの手を包んであげることが出来る。
少年の自分に勇気をもらったように感じたカミールが、覚悟を決めて打ち明けた。
「俺、頑張ってこの空間に長年かけて慣れたんだ。子供の時は1年に1回でもきつかった。リラに会った次の日には必ず吐いてたし」
それを聞いたリラが想像してしまい、痛ましそうに眉を下げた。
「魔石の…………」
「あぁ。特殊な魔石の影響はきつかった。けど魔術師だから、他の人よりまだ適正があったんだろうな。1年に1回会うことが慣れれば、次は半年に1回、4ヶ月に1回って増やしていったんだ」
「そんなことしてたんだ……だから最近はよく会ってたんだね」
「……今更気付いたか」
「…………」
リラがバツの悪そうに下を向く。
けれどその赤くなった頬は緩んでいた。
「今は4ヶ月に1回が限界だけど、そうなると俺の体も時の流れが干渉しなくなった」
「え?」
リラが思わず顔を上げて、1度だけ大きく瞬くとカミールを真っ直ぐ見た。
2人の視線が重なる。
「この3年、俺は成長してないんだ。だから他の奴らより幼いまま」
「…………」
「多分このまま慣らしていけば、長いこと生きられる。リラと一緒にいられる。……だから……」
カミールは握っているリラの手を引っ張った。
倒れ込む彼女の体を、優しく受け止めるように抱きしめる。
カミールは緊張からくるドキドキで、ギュッと腕に力を込めてしまった。
リラを〝取引〟無しで抱きしめるのは、初めてだったから。
嫌がった彼女に強制送還される可能性も大いにあった。
まだ離れたくない一心で、カミールはリラの肩に顔を埋めながら想いを告げた。
「絶対またお金を貯めて、リラを買いに来るから待っててくれ。リラにとっては一瞬だと思うから……」
「…………」
リラは何も言わなかった。
その代わり、カミールの体をそっと押し除ける。
拒絶されたと思ったカミールは、彼女から名残惜しそうに手を離し、表情を曇らせた。
するとリラが、ソファに落ちていたメニュー表を拾い上げた。
中を開くと、見やすいようにカミールに向けて差し出す。
「……忘れてた。今日はSALEの日だった」
リラが頬を染めてはにかんだ。
「え?」
驚いているカミールの目の前で、メニュー表の金額が上から下へと赤字で訂正されていく。
そして1番下の『リラージュラフィーリア』の項目は、ちょうど5,000,000オルガ値引きされた。
カミールがすぐさまリラを見ると、照れた彼女が目線を徨わせながら口を開く。
「……えーっと、今日は私たちが付き合った記念日だから……」
リラがゆっくりとカミールを見つめ返し、顔を綻ばせた。
「……ね?」
そして可愛らしく首をかしげた。
第一章が終わりました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第二章は「こいねがうもの リラ編」です。




