29:切望するもの
カミールは先ほどの黒いソファに座り、腕組みをして考え込んでいた。
ここからどうにか出なくては、一生牢屋で過ごさなくてはいけない。
……そんなの絶対嫌だし!
テレージア様は、アレクシス国王から俺を隠して、手元に置いとくって言ってたけど……
もしバレた場合、王妃が手厚く囲ってたことになって、今度こそ本当に処罰されてしまうんじゃ……
カミールは不吉な未来を予想してしまい、身震いした。
牢屋の柵や壁、床にはご丁寧に魔法封じが施されていた。
一般魔法を発動させても打ち消されてしまう。
部屋の側面に何かするんじゃなくて、違う方法を……
カミールは目を閉じてうんうん唸った。
「……やっぱり……これしかないか……」
切なげに呟いたカミールは、腕組みを解いて肩を落とした。
……本当はこんなことに使いたくなかったけど。
死んでしまっては元も子もない。
彼は泣く泣く、ポケットに忍ばせていた小瓶を取り出した。
中にはボンボン花のドライフラワーが。
花が咲いていない季節でも、こうすれば魔女に合うためのアイテムとして認められた。
だからこれがあると、会おうと思えばいつでもリラの所に行くことが出来る。
カミールは少し色褪せてしまっている優しい紫色を眺めながら、弱々しく笑った。
そして目をゆっくりと閉じた。
心の中で相変わらず嘆きながら。
……次に会いに行く時は、目標金額を貯め終えてからだと思っていたのに。
カミールは悔しい思いを噛みしめながら呪文を唱えた。
「……リラージュラフィーリアに会いたい」
次の瞬間、カミールの姿はソファの上から綺麗さっぱり消えていた。
けれど特別優遇の彼を常に監視する者はおらず、誰にも気付かれることはなかった。
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カミールはあの白い空間に来ていた。
座っているソファが黒から白へと変わっており、いつもの感触に少し安堵する。
目の前には変哲のない白い扉が。
その奥から慌ただしい音が聞こえたかと思ったら、リラが飛び出してきた。
彼女は初めて会った時と同じ、黒いキャミソールワンピースを着ていた。
あの下着にしか見えないリラックスウェアだ。
「……魔法の能力を買いに来たよね? いつものプレゼントと違ったから驚いちゃって」
焦っているリラが、パタパタとカミールに駆け寄り隣に座る。
リラに会いに転移する時、どのような理由で来るのかある程度分かるらしい。
取引の魔女に会いたいと念じる時に想いが乗るようで、リラはすでにカミールの目的が薄っすら分かっていた。
「……あぁ。メニュー表見せて?」
暗い顔をしたカミールが、リラに手を差し出した。
「う、うん」
珍しい様子のカミールに気圧されながらも、リラは魔法でメニュー表を出した。
そしてカミールの手の上に置く。
「……ありがとう」
カミールはメニュー表をサッと広げて、上から下へと目を通した。
「はぁ……結局『姿を消せる魔法』しか無いかー」
そしてため息と共に項垂れる。
彼はここから戻った時に、牢屋から出られる術が『姿を消せる魔法』以外何か無いかを確認していた。
けれど、めぼしい物は無かった。
だから始めの予定どおり『姿を消せる魔法』を買うしかないと嫌々決意する。
カミールがいないことに驚いた外の誰かが、牢屋の中に入ってきた隙に逃げる作戦だ。
「カミールが初めてここに来た時も欲しがっていた魔法だね。すごい。お金が貯まったんだ」
「…………そうだな」
カミールが自分の部屋にある金庫の鍵を、魔法で出現させた。
それをリラに手渡す。
「これ、金庫の鍵だから。中から必要分お金を取ってくれ」
「……取引成立〜」
「…………」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
リラが席を立って扉へ向かい始めた。
前みたいに魔法薬を準備するのだろう。
けれど魔女はカミールの様子に動揺していた。
その証拠に、いつもは宙に浮いて部屋に戻るリラが、今日は歩いてしまっている。
そしてチラチラとカミールを振り返りながらも、扉をくぐり奥へと消えていった。
「…………はぁ〜〜〜〜」
部屋に1人になったカミールは、重い重いため息をついた。
そしてメニュー表をまた見つめる。
「……あと5,000,000オルガだったのに。あと2、3回仕事が出来れば余裕で貯まったのに……」
彼は背もたれにのけぞり身を預け、上を向いたまま目を閉じた。
それから両手をだらんと垂らして脱力しきる。
メニュー表も、カミールの手からぽとりとソファに落ちた。
「せっかく『リラージュラフィーリア』を買うことが出来たのに……こんなことで『姿を消す魔法』を買って大金を失うなんて……」
泣きそうになるのを我慢しながら、ブツブツと本音をもらした。
「えぇ!?」
誰もいないはずなのに、すぐ近くで声が上がった。




