28:思惑
カミールが玄関扉を開けると、いきなり腕を掴まれて外へと引き摺り出された。
そこには2階の窓からは見えなかった、数名の王宮騎士が待ち構えていた。
「な、何なんですか!?」
「魔術師カミール、テレージア王妃への猥褻行為により拘束させてもらう」
「は!? えっ!?」
カミールは後ろ手に素早く縛られると、馬車に押し込まれた。
隣や向かいの席は騎士たちが陣取り、カミールを囲む。
そして合図を受けた馬車が、慌ただしく動き始めた。
「…………」
カミールは恐怖を感じながらも、目だけを動かして騎士たちの様子を探る。
けれど誰もカミールの方は見ようとはせず、ただ沈黙を貫いていた。
縛られた手は何か魔法封じを施されているのか、魔法を発動させることが出来なかった。
ギリギリと奥歯を噛み締めながら、カミールは項垂れる。
くそっ!
よく分からないけど、誰かに嵌められた!?
これからどうなるんだ?
……最悪罰を受けて殺される!?
なかばパニックになっているカミールの脳内に、以前友人のオリバーに言われたことが蘇った。
『……いいか、カミール。有名になり過ぎるってことは逆に危険なんだ。気を付けろよ』
……早くお金を稼ぎたかったから、危ない橋を渡りすぎたか?
もう少しだったのに……
「〜〜〜〜っ!!」
悔しさのあまり叫びたくなるのを必死に我慢する。
そんな現状をどうすることも出来ないカミールは、大人しく城へと運ばれていくしかなかった。
ーーーーーー
王宮につくと、カミールは後ろ手に縛られたまま廊下を歩かされた。
背後には馬車で一緒だった騎士たちが、引き続きカミールを見張っている。
そして行き着いた先は、初めてテレージアとアレクシスに対面したあの部屋だった。
「魔術師カミールを連れてきました」
騎士がそう言って部屋の扉を開けると、カミールの腕を掴んで部屋の中央に連れて行った。
中には当然テレージアとアレクシスが椅子に座って待っており……
「!?」
カミールはテレージアの顔を見て、目を大きく見開いた。
彼女の口元にあったホクロがーー
綺麗に無くなっていたのだ。
「フフッ」
テレージアはカミールの視線を受け止めると、小さく笑った。
……こいつっ!!
カミールは我慢が出来ずに王妃を睨んだ。
けれど次の瞬間には、腕を掴んでいた騎士に突き飛ばされ、跪く形を取らされる。
そして素早く頭を押さえつけられた。
「痛いって!」
何とか動こうともがいているカミールに、国王が喋りかけた。
「……魔術師カミール。テレージアの口元のホクロを消したそうだね。言葉巧みに彼女を誘導して」
アレクシス国王が「はぁ」とため息をついてから続けた。
「口元は不貞行為になるからダメだと言ったはずだ。君はもう信用できない。テレージアに手を出した罪人として牢屋で過ごせ」
「…………」
頭を下げさせられているカミールは、目の前の床を見つめながら唇を噛んだ。
廊下と同様にピカピカに磨き上げられた床には、泣きそうになっているカミールの顔が薄っすら映っていた。
ーーーーーー
ショックで動けなくなったカミールは、騎士たちに両脇を抱えられて、引きづられながら部屋を退室した。
そうして連れていかれた場所は、城の敷地内の端に建つ別棟。
どうやらここは、王族がらみの罪人を収容するための施設らしい。
中に入るとその3階に連れていかれ、牢屋の入り口に立たされた。
その時になって、ようやく意識がハッキリしてきたカミールは、牢屋の中の様子がおかしいことに気付く。
あれ?
俺の部屋よりも断然広いし、家具とかも上質なんだけど……
「今日からここで暮らすんだ」
騎士の1人に手の縄が外されて、呆然と突っ立っているカミールの背中が押された。
「うわっ!」
前に進んだカミールがよろけている間に、背後で牢屋の扉がガシャンと閉められる。
そしてガチャガチャと鍵がかけられた。
「ま、待てよっ!!」
慌てて振り返り、自由になった腕で鉄格子を掴むも、騎士たちは去っていったあとだった。
「…………」
カミールはひとまず、黒い革張りの重厚なソファに腰掛けてみた。
質が良すぎて逆に座り心地が悪く感じる。
処刑されるという、最悪の事態は起こらなさそうだけれど……
何だ?
この無駄に豪華な部屋は?
カミールが今の状況を不思議に思っている時だった。
複数の人がこちらに向かってくる足音が鳴り響く。
彼は柵の間から見える、廊下の奥を静かに見つめた。
すると渦中の人物が現れた。
「…………テレージア王妃」
苦々しげにカミールが呟く。
彼女は優雅にドレスを翻しながら、カミールの牢屋へと歩いてきた。
後ろにはメイドを数名引き連れて。
「カミール。その部屋の住み心地はいかがですか?」
そして牢屋の前に立つとニッコリと笑った。
「テレージア様、口元のホクロはどういうことですか!?」
カミールはソファから立ち上がり、柵の近くへと詰め寄った。
「フフフッ」
テレージアが意味深に笑いながら、近くのメイドに目配せした。
そのメイドは魔術師だったらしく、魔法を解除する呪文を素早く唱える。
カミールが魔術師のメイドからテレージアに視線を移すと、彼女の口元にはホクロがあった。
「!?」
「幻覚の魔法です。この通り、ホクロはまだありますわ」
そう言ったテレージアが、また違うメイドに目配せした。
メイドがポケットから鍵を取り出して、カミールの牢屋の扉を開ける。
スタスタと迷いもなく入ってくるテレージア王妃。
不敵に笑うその様子に、カミールは身構えた。
王妃は彼の目の前に立つと、子供に言い聞かせるように優しく語った。
「カミールは今日からここで暮らすのです。快適な部屋になるように、わたくしが整えました。何不自由なく過ごせるようにして差し上げますわ」
「それは…………」
一方的な身勝手な王妃の行為に、体の底から怒りが込み上げてきた。
低い声を絞り出すようにして聞く。
「俺はここから出れないってことですか?」
猫被りをやめたカミールが、テレージアを鋭く睨んだ。
彼の威嚇を全く気にしていない様子で、王妃は目を細める。
「そうですわね。一生ここで面倒を見てあげましょう」
「そんなの横暴だ! いくら王妃様だからと言って……」
「アレク……国王もこのことは知りません。カミールをここに連れてきた騎士を含め、ここにいる者は全てわたくしの息が吹きかかっています」
テレージアが暗に〝無駄な抵抗はやめなさい〟と諭してきた。
カミールは諦めずに言い返す。
「けれど俺は無実だ! それを国王様が知ったらーーーー」
テレージアがカミールの両頬に手を添えて、素早くキスをした。
そして顔を触れ合わせたまま唇だけを離し、そっと囁く。
「これで本当に不貞行為を犯しましたね。これ以上のことをしたと、訴えられて殺されたくなかったら、わたくしの口元のホクロを取りたいと強く思いなさい」
「っな! …………」
脅迫されたカミールは、彼女の言いなりになるしかなかった。
カミールが観念したのを感じ取ったテレージアが、口元のホクロを彼の唇に軽く押し当てる。
それから王妃はゆっくりと体を離すと、口元に手を当ててホクロが無くなったことを確かめた。
「フフッ。感謝しますわ。カミール」
テレージアがウットリと笑う。
「…………」
対するカミールは、虚ろな目で床を見続けて動けずにいた。
用事が終わったテレージアは、放心状態のカミールは放っておいて、さっさと牢屋から出て行ってしまった。
もちろん扉の鍵はしっかりかけて。
…………
「あんのっクソババア!!!!」
硬直からやっと溶けたカミールが、天井を仰ぎながら思いっきり叫んだ。




