27:言い伝え
【取引の魔女】
対価を払えば、望み通りの魔法の力を授けてくれる魔女。
絶世の美女である彼女は、お金といった価値ある物にしか反応を示さない。
高額であればある程、取引は確実になるだろう。
特別な時空に住む魔女は、俗世との関わりを絶ち、1人で過ごすことを好む。
そのことから、彼女に会いに行くのは至難の業とされている。
取引の魔女に会う方法はたった一つ。
彼女の名前を言い当てることだ。
手がかりは花の名前にある。
遠い昔、魔女は愛する者を失い、悲しみに暮れて涙した。
瞳からこぼれ落ちた雫が地面に触れると、次々に美しい花が咲いたと言われる。
その時の花は、いつしか魔女の名前で呼ばれるようになった。
花を手に持ち、魔女の名前を唱えて会いたいと強く念じること。
そうすれば、彼女に会う為の扉が開かれるだろう。
花言葉はーーーー
「裏切り」「憎しみ」「深い絶望」
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【夢うつつの世界】
気がつくと、目の前には豊満な体をした美しい女性がいた。
惜しげもなく、大きな胸の谷間を露にしているその姿に、目眩を覚えるほどだった。
白く柔らかそうな2つの山の間に、顔を埋めたい衝動に駆られる。
「求めるものは何かしら?」
ソファに妖美に座る女性が、足をおもむろに組み替えた。
そこにも白くて柔らかそうな、太ももという名の膨らみがあり、組まれたその部分に顔を埋めたい衝動に駆られる。
魅惑のラビリンスに迷い込んでしまったのだろうか?
気がつけば、彼女こそが求めるものですと頭を垂れていた。
ほとばしる情熱を口から叫んでいた。
けれど女性は、無情な現実を突きつける。
「気持ちはいらないの。私が欲しいならこの金額を払ってくれる?」
そう言って金額を告げられた。
「なんて金額だ! 国でも買えるんじゃないか?」
「払えないなら諦めて?」
「なんだと!? 君の名を探し当てて、ここまで来たのに!?」
今までの苦労を返して欲しくて、女性に手を伸ばした。
途端に視界が暗転し、体から力も抜けていく。
魅惑の彼女の嘲笑う声だけが、いつまでも耳に残っていた。
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【魔女の生態】
次に紹介するのは、実在している3人目の魔女だ。
いろいろな魔女の伝承を研究してきたが、これほど不可思議な魔女は彼女だけだった。
今年58歳になる私は、人生の中でただ1度だけ、その魔女に会いに行ったことがある。
対価を求めるその魔女は、ある程度のお金を支払うと、彼女の時間を私に割くことを了承してくれた。
それで沢山のことを質問し、回答を得られることが出来た。
まずは魔女の住む空間。
魔女が言うには、異次元の空間に居住スペースのようなものを、魔法で生み出しているらしい。
そしてそこに住む理由。
魔女はこの空間にある魔石の力を得て、自分の物にしているそうだ。
だが一般人には有害であり、私も少しだけ息苦しさを感じていた。
魔女はある人とした約束によって、魔石から離れることが出来ないとも言っていた。
魔石の力によって、長い時を生きることが出来るこの魔女は、その悠久の時の大部分を独りで過ごす。
寂しくないのかと尋ねると、親しくなった人を見送る方が寂しいから、独りがいいと言っていた。
何とも悲しい生態だ。
次に、こうやって会える方法がある理由について聞いてみた。
単なる暇つぶしらしい。
そんな気まぐれな部分がある点は、他の魔女たちと共通していた。
特筆すべきは、魔女の住む場所と我々の住む場所の、時の流れの違いだった。
魔女が言うには、彼女の1日が我々の40日相応に値するらしい。
それもこれも、魔石のお陰なんだそうだが……
魔女の元から帰った直後の私は、また必ず話を聞きに行こうと思っていた。
けれど、その願いは叶うことが無かった。
なぜなら帰った翌日から、酷い熱と吐き気に襲われたのだ。
それが1週間続き、回復してきたころに気付く。
魔石の影響だということに。
あんな辛い経験をするのは、もうこりごりだった。
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『魔女の生態』という本を手に取っていたカミールが、パタンとそれを閉じた。
そして本棚の元あった場所に丁寧に戻す。
彼の部屋は、2面に渡る壁を本棚が占領しており、集めている本が隙間なく並んでいた。
大半が、取引の魔女について何かしら触れている本だった。
魔女についての本はまだ分かりやすいが、人の日記のような本の中にも出てくることもある。
カミールはそれらを少しずつ集めていたのだ。
「……いざと言う時に、弱みに付け込めないかなと思って集めたんだけど……」
思わず呟いたセリフの後に、心の中で軽口をたたく。
あとは他の誰かに、魔女と会う方法を分からせないためだったりして……
カミールは思わず苦笑した。
そして本棚を見回し、ラインナップに目を通す。
取引の魔女について。
聖女リアリーンについて。
特殊な魔石についてーー
気付けばすごい量になっていた。
……もう少しで、この山積みの本も必要無くなるかもな。
カミールはそんな思いを乗せて、本棚から魔法の金庫に眼差しを向けた。
「ーーーーーーコンコンッ」
誰かが訪ねてきたことを知らせる、ドアノッカーの音が玄関から聞こえた。
ちょうど家にはカミール以外に誰もおらず、彼は対応しようと部屋を出る。
「…………」
けれど胸騒ぎがして部屋に舞い戻り、窓から外を確認した。
……王宮の……馬車?
紋章こそないが、カミールがよく利用させてもらっているシンプルな馬車だった。
いつもなら、家から少し歩いた大通りで乗り降りするのに、今日は家の前に止まっている。
何だろう?
テレージア様の急ぎの用事か?
ってことは……荒稼ぎのチャンス!?
途端に元気になったカミールは、ポケットにボンボン花が入った小瓶を忍ばせた。
もしかしたら、いつもより大金をくれるかもしれない!
もしかしたら、目標金額を達成できるかもしれない!?
もしそうなったら、速攻で〝取引〟しに行くしかないよな!?
浮かれきった彼は、急いで部屋を出て玄関へと向かった。




