26:王族の守護神
今日のカミールは、上質な魔術師の服に身を包み、澄まし顔で王宮内を歩いていた。
そうしていると上辺だけは、純粋で大人しそうな青年に見える。
けれど心の中では……
フッフッフッ。
今日も荒稼ぎするぞー!
とほくそ笑んでおり、いつものカミールだった。
ここへの来訪もだいぶ慣れた彼は、ツルツルに磨かれた立派な廊下を進む。
向かうはもちろんテレージア王妃の部屋。
……部屋までの道のりも覚えたんだけどなぁ。
カミールはそんなことを思いながら、前を行く従者の背中を見つめた。
いつも同じ男性なので、彼とは顔見知りになってきていた。
そうこうしていると王妃の部屋についた。
従者の男性が扉を開けてくれると、カミールの目の前に煌びやかで良い匂いのする空間が広がる。
その中心に佇む美しい王妃テレージア。
ニッコリと艶やかに笑いながら、カミールを出迎えてくれた。
「よく来てくれましたね」
…………
カミールは笑顔を張り付けたまま、今までのテレージアとのやり取りを思い出していた。
……最近ちょっと様子がおかしいんだよな。
デコルテ付近の際どい場所のホクロを取らせたり、ふとした時にボディタッチをしてくることが増えた気がする。
多分……懐柔しようとしている。
「いつもありがとうございます。今日も僭越ながら魔法を施させていただきます」
カミールは気を引き締めながら、爽やかな笑みをテレージアに返した。
今日の分の魔法をかけ終わると、テレージアが手鏡の中の自分をニコニコと見つめていた。
けれど長くは続かず、急に表情を暗くする。
「はぁ。カミールのお陰でどんどん美しく、若返っておりますのに……こうなってくると、口元のホクロだけが悪目立ちしますわね……」
「…………」
カミールは何も言えず、困り笑顔を浮かべ続けた。
「……ね? カミール」
それを分かっていてなお、テレージアが同意を求めて妖艶に笑う。
だからカミールはしょうがなく口を開いた。
「アレクシス国王に取るなと言われていますし……場所が場所なだけに畏れ多いです……」
猫を被った彼がシュンと縮こまる。
「そうですわね……」
テレージアが憂えいながら、扇を広げて口元を隠した。
カミールは話題を変えるために、聞きたかったことを切り出した。
「……あの……テレージア様?」
「何かしら?」
「以前に、何か特別な褒美を賜ってくれるとおっしゃっていましたが……」
「覚えているわ。カミールの素晴らしい功績を讃えたいの。何がいいかしら?」
テレージアが扇をたたんでニッコリと笑った。
「ボク、本を読むのが好きなんで、王族専用の書庫に入らせてくれませんか?」
カミールが眉を下げて笑うと首をかしげた。
「あら? そんなことでいいの?」
「ボクにとっては、これ以上に無い褒美になります。そこにある本を手に取る機会なんて、一生巡ってきませんから……」
「分かったわ。これからここへ来た帰りに、いつでも寄れるように手配しておきましょう。ただ持ち出すのはいけないわ。あくまでも書庫の中で読むように」
「はい! ありがとうございます!」
カミールは眩しいほどの笑顔を浮かべた。
ーーーーーー
早速カミールは、王族専用の書庫に案内してもらうことにした。
顔見知りの従者の男性についていくと、広くて自然豊かな中庭に出た。
その真ん中には女性の白い像が置かれていた。
四角い台座の上に立つ女性は、うつむきかげんに目を閉じて、穏やかにほほ笑んでいる。
何かの女神様なのか、柔らかくて幾筋もドレープが入った布をまとい、胸の下でアクセサリーみたいな金具で止めていた。
そして、体の側面はがっつり開いて肌が見え隠れしている。
「え?」
カミールは思わず像の前で立ち止まった。
ーーそれは、リラが〝人間だったころの服〜〟と言って見せてくれたものによく似ていた。
立ち止まって動かなくなったカミールを心配して従者が声をかけた。
「どうかしましたか?」
「……何でもないです」
カミールは苦笑を浮かべると、少し急ぎ足で従者の元へ向かった。
…………リラなのか?
顔は……まぁリラにも見えるような?
でも……
胸が控えめだった。
カミールは難しい顔をして、しきりに首をひねっていた。
書庫に着くと、特定の人しか入れない場所のためか、従者は部屋の外で待っていてくれた。
カミールは薄暗い部屋の中をランプ片手に歩く。
彼の他には誰もいないようで、カミールがたてる物音だけが辺りに響いた。
「えーっと……確か3代目の時だったはず……」
カミールはまず初めに、3代目国王について調べることにした。
聖女リアリーンを認めて国をあげて讃えたのは、3代目国王のジークベルト様だ。
言い伝えではそうなっている。
カミールは目当ての本を数冊見つけると、近くにあった机に積み上げた。
その机と対になっている椅子に座り、ランプを手元に置く。
積み上げた1番上の本を手に取ると、黙々と読み始めた。
どんどん読み進めては、目的の内容から大きく逸れたのを感じると次の本に移る。
そうして3冊目の本に差し掛かった時に、ページを捲る手が少し震えた。
「……どういう事だ?」
本には偉大な国王様を賞賛した、武勇伝みたいなものが書かれていた。
*ーー 守護神ルゼワール ーー*
民の幸せを心から案じていたジークベルト国王の治世で、ある日世界の歪みが生じた。
その歪みのそばに降り立ったのは、調和の女神〝ルゼワール〟
ジークベルト国王は女神と誓約を交わす。
その御身の命と引き換えに。
女神はジークベルト国王の願いを叶え、世界の歪みを消滅させた。
そのことから、ラインハルツ王族の守護神はルゼワールになり、祀り称えられている。
*ーーーーーーーー*
「…………ジークベルト様も命を落としている。聖女リアリーンが命を落としたあとに、違う世界の危機が来て、今度はジークベルト様が?」
カミールはよく分からなくて頭を抱えた。
ーーーーーー
書庫からの帰り道、カミールは中庭でまた女性の白い像を眺めた。
考え事をしながら熱心に見ていたためか、彼はそばに人が来ても気付かなかった。
「この像が気になるのかい?」
カミールがハッとして隣の人物を見ると、第二王子であるエレンフリートが立っていた。
「も、申し訳ございません。ボクは魔術師のカミールと申します。テレージア様の許可を得て、ここに入らせてもらっております」
カミールは慌てて礼を取った。
「フフッ。知ってるよ。ララシェルン様の申し子だよね? 顔を上げて良いよ」
エレンフリートの柔らかい声が、頭を下げているカミールに掛けられる。
カミールがそっと顔を上げると、ニッコリと笑うエレンフリートがいた。
カミールと年が近そうな彼は、アレクシス国王にどことなく雰囲気が似た、穏やかな青年だった。
「この像の女性は、わたしも小さな頃から好きなんだよ」
像に視線を移したエレンフリートが、静かに続ける。
「優しくてそれでいて可憐な女性。この王国の守護神さ」
……やっぱり。
この白い像は調和の女神ルゼワールを模している。
「あぁ、それにしても最高だね。彼女のこの曲線美! 像を作らせた当時の国王の趣味を、反映させたに違いないっ!!」
エレンフリートが頬を染めウットリした。
恍惚の表情を像の女性に向け、勝手にヒートアップする第二王子は若干怖かった。
……なんだこいつ。
カミールは冷ややかな目で見つめた。
「なんて儚げな表情! 現実にこんな女性がいたらゾッコンだよね。………………けれど」
勝手にクールダウンしたエレンフリートが、今度は切なげに像の女性を見る。
「この国のために命を落とさせた女性……とも聞く。我々王族は戒めもこめて、ここに彼女を祀っているらしい」
「…………」
リアリーン様と同じ……
公には語られていないけど、リアリーン様も女神ルゼワールも、王族が関与して命を落としている?
カミールも女性の白い像を見た。
話を整理し道筋立てて推測しようと、思考を巡らせる。
…………
この女性がリラだとすると……
うーん、やっぱりもっと胸を盛ってくれないと、ピンとこないな。
はっ!!
昔は胸が今みたいに大きくなかったとか?
えぇ??
けれど物事が複雑すぎて考えることを放棄し始めた頭は、どんどん違う方に逸れていった。




