25:聖女リアリーン
〝取引の魔女〟であるリラが、なぜ聖石のそばにいるのか。
聖女リアリーンとはどう言う関係なのか……
警備隊のクルトと少し話せたことで確信を持ったカミールは、仕事の合間を縫ってリアリーン教会に来ていた。
教会には多くの人が来ており、敷地の外にまで列を成していた。
カミールはその列に沿って、ズンズン中へと進んでいく。
順番飛ばしと思われて避難めいた目で見られても、彼は気にせずに歩みを進めた。
教会の建物に沿うように長く続く列。
辿っていくと中庭に出た。
その真ん中には小さな屋根だけのテントを張って治療にあたる、学生時代の友人が。
彼女は列の先頭の人に回復魔法をかけてあげていた。
いつまでも疼くような痛みがある人や、風邪が続く人……
金銭的に長期間病院に行けない人たちを癒すために、友人は黙々と頑張っている。
そのため多くの人々が、彼女に救いを求めて並んでいたのだった。
「レーニィ! 久しぶり!」
カミールが声をかけると、レーニィはその大きな丸メガネの奥からジロリとカミールを見た。
そしてまた患者に目を向けて、緩く編んだ三つ編みを揺らしながらせっせと回復魔法をかける。
学生時代の時から変わらない、そのぶっきらぼうな態度にカミールは苦笑した。
彼女は回復魔法に長けている魔術師。
普段は病院で勤務しているのだが、今日はボランティアでリアリーン教会に来ている。
そして何を隠そう、リアリーン教会の司教様の愛娘だった。
それを知っている列に並ぶ人たちが、口々にレーニィに声をかける。
「レーニィちゃん。何やら友達のような男の子がやってきたよ」
「彼氏かの?」
「照れてないで、返事をしてあげたら?」
みんながワイワイ言い始めた中、レーニィは返事をする訳でもなく熱心に治療を続けた。
そんな彼女の近くまでカミールは歩み寄る。
「相変わらずだな。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「…………手伝って」
「え? 俺、回復魔法は上手くないぞ……」
「この前聞いた。火傷跡消したって」
レーニィがまたカミールをジロリと見て、目を逸らした。
おそらく幼馴染のハンスとユリアが、カミールに言われた通りレーニィに頼りに来たのだろう。
無口なレーニィとの話のきっかけにと、カミールの名前を出したのかもしれない。
「うーん……傷跡を消すだけなら」
カミールはそう言い残すと教会の中に入っていった。
そしてすぐに戻ってきた彼の手には白いローブが。
聖職者用のものを適当に取ってきたのだ。
その白いローブを羽織り、フードを深くかぶる。
「似合う?」
カミールがそこらへんの椅子をレーニィの隣に無造作に置いた。
そしてどかっと座ると、フードの端に指をかけて冗談っぽく言った。
「…………あんまり」
レーニィはチラリとカミールを見ると、そっけなく答える。
カミールはおどけて誤魔化したけれど、本当は顔を少しでも隠したかった。
貴族相手には莫大な料金を巻き上げているカミールが、無償で魔法をかけている所がバレないように、細心の注意を払う。
「もう跡になっている傷を回復しますよー」
カミールが商売人みたいなテンションで声を上げる。
また列に並ぶ人たちが口々に言った。
「レーニィちゃんほど上手にかけれるの?」
「胡散臭いのぅ」
「まだまだ若いようだし……」
するとレーニィが自分の前髪を上げて、カミールの方へと頭を突き出してきた。
「この前ぶつけた傷。治して」
彼女が淡々と指示をする。
言われたのでレーニィを観察すると、右眉の上のおどこに切ったような斜めの黒っぽい線があった。
「自分で治せるんじゃ……」
「治すの、見たい」
「……あぁ、いいよ」
カミールは深く考えずに、おでこの傷にキスをした。
「!?」
レーニィがおでこをすぐさま両手で押さえて、顔を真っ赤にさせた。
その大きな瞳が、丸メガネに負けじと更に大きく見開かれる。
列に並ぶ人たちも騒然とした。
「だ、大胆!?」
「やりおったわい」
「あ、司教様が来た……」
一部始終を見ていた司教様が、鬼のような形相でドスドスと走ってきた。
いつもは穏やかな司教様の豹変した姿に、周りの人々が恐れ慄く。
「こんな大衆の前で不埒なことをしているお前は誰だ!? 私の大事な娘に手を出しよって!!」
胸倉を掴まれて無理矢理立たされたカミールが、慌てて両手を振る。
「ち、違いますって。レーニィの傷跡を消しただけです。魔法のかけ方もハンス達に聞いて知っているものだと……な?」
カミールは冷や汗をかきながらレーニィを見た。
彼女はおでこを押さえたまま固まっていた。
けれど声をかけられたからか、ハッと気付いて即座に動き始める。
レーニィは呪文を素早く唱え、魔法で自分の前に水鏡を出現させた。
「治ってる……」
レーニィがおでこの傷を確認している間も、カミールは司教様に詰め寄られ続ける。
「変な言い訳をするな!」
「本当ですってば!」
そんな司教様の袖をレーニィが引っ張った。
「……パパ、パパ」
「ん? 何だい?」
司教様が愛娘に対しては極上の笑みを向けた。
「やっぱり聖なる力で治ってる。ほら」
レーニィが前髪を上げておでこを見せた。
「…………」
「火傷跡を消した人からも感じた聖なる力」
「……こんなやつがかい?? パパは何も感じないんだけどなぁ」
司教様がしぶしぶといった感じで、カミールの胸倉を掴んでいる手を離した。
ーーーーーー
教会内の一室に案内……もとい隔離されたカミールは、レーニィの手が空くのを待った。
部屋にあるソファに座り、肘置きに頬杖をついてぼんやりする。
しばらくすると、奉仕活動を終えたレーニィが部屋に入ってきた。
彼女の後ろにはカミールより若い見習いの青年がついている。
…………監視役?
見習いの青年は壁の近くの椅子に座り、レーニィはカミールの向かいのソファに座った。
「聞きたいこと、何?」
そして大きな丸メガネの奥から、カミールをジッと見つめる。
「そんな大したことじゃないんだ。聖女リアリーン様について聞きたくって……」
「…………」
レーニィがしばらく黙ったまま、カミールを見た。
それから小さく息を吸うと一気に喋る。
「聖女リアリーン様は、素晴らしい力の持ち主。その力を困った人のために使う。それを当時の国王様からも認められて、国をあげて讃えられたお方」
「うん。有名な言い伝えだよな。……他に、リアリーン教会だからこそ知っている逸話とか無いのか?」
「…………」
レーニィがまたカミールをジッと見た。
〝それを知ってどうするんだろう?〟と思っているに違いない。
けれど彼女は、カミールが聞いたことの返事をまずしてくれた。
「……ある日、この世に聖石が現れた。リアリーン様は国王様に命令されて、その聖石を自分の中に収めたと聞く」
「…………あれ? 聖石の力で聖なる力……癒しの力が使えるのじゃないのか? すでに聖女だったリアリーン様の所に聖石が?」
「そう。聖女様は生まれながらに聖女様。聖石はリアリーン様の力の源だと思われているけど、何か災いを含んだものだった」
「…………」
「それに対応したのがリアリーン様…………カミールの魔法の力は、聖女様の力?」
レーニィが無表情のまま、少しだけ首をかしげて続けた。
「カミールからは感じない。カミールが魔法をかけた対象物から、聖なる力を微かに感じる。なぜ?」
「うーん……よく分からないんだ。大人になる前に、偶然会った女の人から教えてもらったんだ」
カミールは嘘にならない範囲で説明した。
「…………」
レーニィが少しだけ眉をしかめた。
それからまたしばらく経つと、今度は司教様が部屋を訪ねてきた。
「……そろそろ日が暮れてきたようだが」
司祭様が〝帰れ〟と圧力をカミールにかける。
カミールはレーニィに慌てて告げた。
「っじゃあ帰るよ」
「分かった」
ちょうど話も終えた所だし、カミールはいそいそと席を立った。
レーニィも一緒に立ってポツリと言う。
「外まで」
「見送り? ありがとう」
そうしてカミールとレーニィは、教会内を並んで歩いた。
そのぐらいは大丈夫と判断されたのか、監視役はついて来ず、厳かな空間に2人分の足音だけが響き渡る。
大きな教会の扉からカミールが外に出ると、後ろからレーニィもついてきた。
彼女が扉を最後まできっちり閉める。
そしてキョロキョロ辺りを見渡してから、カミールの袖をちょんちょんと引っ張った。
「ん? 何?」
カミールがレーニィを振り返る。
すると彼女が小さな声で告げた。
「カミール、一応嘘ついてない。だから教えるね……おそらく、リアリーン様は聖石を収めた時に亡くなっている。その後を記す物が無い」
「…………」
「国王様の程のいい駒だった? 教会側はここまで。あとは……」
レーニィが遠くを見た。
彼女が見た方角は、お城のある場所だった。




