22:デート
美味しいケーキで有名なカフェに来たカミールとリラは、向かい合ってテーブル席についていた。
何でこんな素敵な場所をカミールが知っているかというと、昔からの馴染みの友人であるカトリナが働いているからだった。
おっとりした性格のカトリナは、今日もお店で元気に働いており、カミールたちを笑顔で迎えてくれた。
「注文は以上でよろしいでしょうかぁ?」
伝票を書き終えたカトリナが、柔らかい笑顔を振りまきながら首をかしげる。
「あぁ」
「かしこまりました〜」
注文が終わると、カトリナがカミールに近付いてコソコソと耳打ちをする。
「すっごく綺麗な人連れてるねぇ。これは他の子に靡かない訳だ〜」
そう彼女は自分で納得すると、厨房へと去って行った。
カトリナはお喋り好きで、イルゼの裏の発言を教えてくれている友人の1人だった。
イルゼと仲が悪いわけではなく、お喋りが好き過ぎて口が滑る。
本当によく滑る。
悪い子じゃないんだけれど、カトリナには本当に大事なことは喋っちゃいけない。
カミールの心の中にある教訓だった。
厨房をぼんやりと見つめて、つい考え事をしていたカミールの耳に弾んだリラの声が届く。
「久しぶりにケーキ食べるから楽しみ」
見るとリラがそわそわしていた。
目をキラキラさせて、にこりとカミールに笑いかける様子は、普通の女性みたいだった。
……デートみたい。
リラとこっちで会えるなんて思ってもみなかった。
カミールも嬉しそうなリラに釣られて、はにかみながらも笑顔を浮かべる。
「ねぇねぇ」
リラがカミールを改めて呼んだ。
「何?」
「さっきから意識してみてるんだけど……カミールもすごく見てるよね。私の胸」
「……仕方ないだろ。だってリラがテーブルの上に乗せるから。もうそれは見てくださいって並べているようなもんだから」
カミールがリラの胸をジッと見ながら、それに向かって喋りかけた。
彼が言うように、リラは重い胸を無意識にテーブルに乗せていた。
瞼を半分閉じたリラが、ため息をつく。
「…………胸が小さくなる魔法を開発しようかな」
「それは本当にやめて下さい」
カミールが懇切丁寧に頭を下げた。
「フフフッ。じゃあやめとこうかなぁ。……けどカミール気をつけてね」
「ん? 何が?」
カミールは顔を上げてリラを見つめた。
彼女がニッコリ笑いながら続ける。
「魔女の私に〝願い〟を叶えてもらおうとするなら、お金より大切なものを差し出さなきゃいけないから」
「…………それって……?」
カミールが詳しく聞こうとした時だった。
注文したケーキと紅茶が、カトリナとは違う店員によって運ばれてきた。
「わぁ、美味しそう。いただきまーす」
リラが歓声を上げた。
今日は落ち着いたピンクベージュ色が、フォークを持つ彼女の指先を彩っていた。
その手でチョコレートケーキを切り分けると、中からトロッとしたクリーム状のチョコが出てくる。
「……胸元に落とすとか、お約束なことするなよ」
カミールもケーキに目線を落としながら、フォークを刺した。
この魔女は気を抜くと、いかがわしい絵面を意図せず作り出す。
それを分かっているカミールが先に釘をさした。
すると向かいから小さな声が。
「…………あっ」
「えぇー?」
カミールが呆れ返りながら顔を上げた。
彼女の胸元あたりを、光の煌めきがサラリと流れていったのが見えた。
「何でもないよっ」
リラがフルフルと慌てて首を振る。
「…………」
……胸元に落としたけど、魔法で急いで消したな。
カミールはジト目でリラを見ながらも、ケーキを口に運んだ。
それから2人は、ケーキと紅茶を適度にいただきながら会話を楽しみ、まったりと過ごしていた。
いつものカミールの日常に、リラが普通に存在している。
穏やかで心地のよい時間が流れていく。
こんな時間がいつまでも続けばいいのに、とカミールが願った時だった。
来客があったようで、店の扉が開く音とカトリナの声が聞こえた。
「いらっしゃいませぇ……って、え? 何でしょうかぁ?」
数名が喋る声も聞こえ、店の入り口付近が騒がしくなってきた。
カトリナが見知った人を見つけ、焦りながらも呼びかける。
「……え? え? イルゼ??」
すると国の紋章を背負った警備隊たちがなだれ込んできた。
「少し捜査させてもらうぞ」
「ちょっと待って下さいっ!」
緊迫した空気の中、警備隊の紺色の制服に身を包んだイルゼが飛び出てきた。
「カミール!」
そして、カミールとリラの座る机の横に立つ。
「その人からすぐに離れて! カミールとその女の人との通りでのやり取りを聞かせてもらったわ!」
イルゼがカミールの腕を引っ張って、強引に立たせた。
「な、何だよ!?」
「カミールが明らかに誑かされてるし、怪しげな魔力を感じたから調べたの。そうしたら案の定、禁忌の魔力を感知したわ」
イルゼがリラを睨みつけた。
リラはイルゼの勢いに目を丸めながらも、残っていたケーキをハムっと口に放り込んだ。
ーー禁忌の魔力。
おそらく特殊な魔石の光を浴びて得ている、リラの魔力のことだろう。
「国の法律の元、あなたは犯罪者の可能性があります! 私たちについて来てもらいますよ!」
イルゼがリラに言い放った。
リラは相変わらずイルゼを見て驚いてはいるものの、ケーキをもぐもぐしている。
イルゼの背後に控えている警備隊の1人が、思わず声を荒げた。
「聞いているのか!?」
するとリラが目を細めながら艶っぽく笑い、薄っすら光り始めた。
カミールが慌てて叫ぶ。
「リラ!?」
「何かする気!?」
「捕縛魔法を!」
警備隊がリラを捕まえようと呪文を唱える。
「あれ? 発動しない……」
けれど魔法がかけるために掲げた手からは何も起こらず、彼らは騒然とし始めた。
「もしかしてあの女が……」
みんなの目線がリラに向く中、彼女はカミールを見上げて話しかけた。
「ケーキありがとう。今日はここまでが限界みたい」
そう言ったリラの体は、薄っすら透けていた。
カミールが不安げに言葉を返す。
「限界?」
「うん。大丈夫だよ。元の場所に戻るだけだから」
向こうがだいぶ見えるほど透けて、輪郭が曖昧になってきた彼女がニッコリと笑う。
「待ちなさい!」
イルゼが駆け寄ってリラの腕を掴もうとした。
けれどもすでに遅く、リラはひときわ強く光ると、その光りをパッと飛散させて消えた後だった。
「消えた……」
警備隊の1人が誰とも無しに呟く。
この場にいるみんなには、奇しくもカミールが習得したがっている〝姿を消す魔法〟に見えた。
それを使える魔術師は、今の時代には居ない。
伝承で聞いたことあるぐらいの眉唾物の魔法。
それほどリラの見せた魔法は、とてつもなく高度でありーー
とてつもなく異端だった。
「あぁ。もう時間が無いからって急いでケーキ
を食べていたんだな……」
カミールが1人頷く。
彼だけがリラの行動を平然と受け止めていた。
「「「…………」」」
イルゼを含む警備隊の目線が、一斉にカミールに向けられる。
「え? 何??」
驚くカミールに向かって、イルゼがすまなそうに言った。
「あの人と一緒にいたカミールも、事情を聞くためについてきてもらうよ」
「は?」
こうしてカミールだけが警備隊に捕まった。




