18:いざ、王宮へ
「よ、よろしくお願いしまふ」
カミールは噛みながらも深々と頭を下げた。
「顔を上げてよろしくってよ」
そうカミールに声をかけたのは、麗しいテレージア王妃だった。
今日の王妃は、深い緑色のドレスを艶やかに着こなしている。
豊かな髪はサイドにまとめられており、宝石をあしらったヘアアクセサリーが、彼女に負けないように輝きを放っていた。
ここはテレージア王妃の自室。
彼女はテーブルとセットの椅子に座り、優雅にティータイムを楽しんでいるところだった。
忙しいテレージアは、仕方無くこの隙間時間に彼を呼んだのだけれど、カミールからしたら寛いでいる所を邪魔してしまうようで、余計に緊張した。
許可をもらったカミールが顔を上げると、テレージアの真っ直ぐな視線と目が合った。
彼は思わず照れてしまいフイッと顔を逸らす。
そんなカミールの様子見たテレージアは、クスッと小さく笑った。
「今日は左の頬にあるホクロを取ってもらいたいの。耳たぶの横ぐらいにあるわ」
テレージアが顔を横に向けて、カミールに左頬を向ける。
目線を戻したカミールがその頬を見ると、彼女が言うように小さなホクロがあった。
「イヤリングをつけて鏡で確認すると、どうしてもそのホクロが目に飛び込んでくるのです」
「分かりました……では失礼します」
カミールは一言断ってからテレージアに近付く。
部屋の中には王妃に仕えている者が沢山おり、カミールが変な挙動をしないかを皆が見張っていた。
それを分かっているカミールは、不用意にテレージアに触れないように細心の注意を払いながら、彼女の左頬に唇で触れた。
今の所はそんな感じはしないけど、気難しいと聞く王妃の性格。
どんなことが彼女の気に触るか分からないカミールは、緊張で胃が痛かった。
こんな綺麗な人の頬にキスするなんて、変な気分にーーーー
なんて1ミリもならないっ!!
恐れ多すぎる!
自分がいかに小心者かを思い知らされるっ!!
カミールの心の中は常に荒んでいたけれど、それでもお金のためにカミールは頑張るのだった。
魔法をかけ終わると、彼はそっと顔を離して王妃から距離を取った。
「……終わりました」
カミールは自分の目でもホクロが消えたか確認してから、静かに報告した。
途端に目を輝かせたテレージアが、近くのメイドに手鏡を持って来させた。
王妃はウキウキしながら受け取った手鏡を覗き込み、クイっと左頬を向ける。
「まぁ!」
テレージアが歓喜の声をあげて顔を綻ばせた。
「凄いですわ! 今回も跡形もなく消えています!」
「喜んでいただけてボクも嬉しいです」
テレージアの喜び様にカミールの緊張も少し溶けた。
ちょっとぎこちないけれど笑顔を浮かべて返事をする。
「誠に感謝致します…………次はどれにするか考えておきますね」
テレージアがニッコリと笑い返した。
ーーーーーー
王宮からの帰り道、カミールは鼻歌でも歌いたくなる気持ちを押さえつつ馬車に乗り込んだ。
この馬車はカミール用に手配されたもので、外はシンプルな外装だけど、中はさすが王宮の馬車といった具合に、何もかもが上質だった。
浮かれたカミールは、自分も貴族になった気分になりながら優雅に席につく。
誰もいないからといって、フカフカな座席に偉そうにふんぞり返りながら足を組んだりした。
すると馬車がゆっくり動き始めた。
カミールを自宅の近くまでこれから送るのだ。
「あっはっはっは!! もう笑いが止まんねー」
カミールの他には外の御者ぐらいしかいないから、被っていた猫を脱ぎ捨ててご満悦に素をさらけだす。
彼の懐にはたんまりと報酬が。
さすが王族。
さすがテレージア王妃様。
思った通り羽振りが良かった。
この分だと予想していたよりも早く目標金額に到達しそうだ。
「クックックッ。3日後も呼ばれてるし、王妃様の反応もややこしくないし。楽な仕事だよなー」
カミールはニヤニヤ笑いが止まらなくなっていた。
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テレージア王妃の依頼をこなすのにも慣れてきたある日、カミールは自室の部屋の中で金庫の中身を確認し、念入りに鍵を閉めていた。
「我ながらすごい大金を持つようになってきた」
カミールは手のひらの鍵に喋りかけた。
そして呪文を唱えてそれを消す。
カミールは魔法がかった金庫に全財産を納めていた。
念には念をの対策で、こうして特定の呪文を知っている者しか鍵が扱えない金庫だ。
もう少し。
あと少し……
カミールは鍵が無くなった手のひらをギュッと握りしめた。
「カミールー」
1階から母親が呼ぶ声が聞こえた。
「なにー?」
カミールは部屋を出て階段を降りた。
「ハンス君が訪ねて来てるわよ」
階段を降り切った所でカミールを待っていた母親は、要件を伝えると忙しそうにさっさと行ってしまった。
ハンスは近所に住む昔からの友人、幼馴染の1人だった。
カミールは玄関先で待っているハンスの元に向かった。
「久しぶりー」
「カミール! ちょっと来てくれよ!!」
「えっ!? なっ!?」
慌てた様子のハンスに腕を掴まれて、カミールは外へと連れ出された。
バタバタと慌ただしく走りながら、ハンスが叫ぶようにして聞く。
「カミールは、なんか特殊な魔法が使えるんだよな!?」
「……あぁ!」
カミールも釣られて声を張った。
「その魔法をかけてくれないか!?」
「誰に?」
「ユリアに!」
「??」
ユリアもカミールの小さな頃からの馴染みの友人だった。
……確か、ハンスとユリアは付き合ってるって聞いたけど……?
そんなことを考えていると目的地に着いたようで、ハンスが足を止めた。
カミールは息を整えながら、目の前の見知った家を見上げた。
「はぁはぁ…………ここは……」
ハンスも家を見上げながらカミールに答える。
「……そう、ユリアの家だ。彼女はここで拘束されている……」
「拘束? 何で?」
カミールの問いに、ハンスが悲しげに見つめ返してきた。
「ユリアが……自殺を図ったから」