17:ヨハンの恋
「好奇心って……何か消す対象を提示してもらわないと……」
カミールが脱力しながら背もたれに体を預けた。
するとアルマが、ちょっと置いてけぼり感を味わっているヨハンに聞いた。
「ねぇ、私をパッと見て気になるホクロはどこにある?」
ヨハンは動揺して瞳を揺らしたけれど、アルマにせっかく聞かれたからと頑張って答えた。
「め、目元のホクロかな……」
アルマの右目には、ヨハンの言うように泣きぼくろがあった。
それを聞いたアルマが返事代わりにニッコリ笑うと、席を立って棚の引き出しから手鏡を取り出してきた。
それを覗き込みながら、また戻ってきて椅子に座る。
そして確認するかのように泣きぼくろにそっと触れた。
「……じゃあこれを消してくれる?」
アルマが机の上に手鏡を伏せて置く。
カミールは背もたれから起き上がり、身を乗り出して聞いた。
「本当にいいのか?」
「えぇ。消えても困らないもの」
「じゃなくって……」
カミールは気まずげにヨハンを見た。
「ん?」
ヨハンが不思議そうにカミールを見返す。
カミールは大きなため息をついてから、アルマの泣きぼくろを指差した。
「あのさ、この魔法は対象物に口付けしないと発動しないんだ。その……目の横にキスしていいのか?」
「へっ!?」
意外にもアルマが顔を真っ赤にして、盛大に狼狽えた。
「なっ!?」
同じようにヨハンも顔を真っ赤にして顔をフルフルと横に振る。
……はぁ。
アルマは具体的な方法までは知らなかったのか。
なんだかウブな2人に囲まれると気まずいな……
この魔法を説明すると大抵の人がする反応にカミールは慣れてしまっており、ただただ無の境地だった。
今回はきちんとした仕事ではないので、面倒くさいとまで思っていた。
スンとした表情で、これからどうしようかとカミールは考えあぐねる。
その時、衝撃から立ち直ったアルマが早口でまくしあげた。
「何でそんな魔法なの!?」
「……さぁ。俺もどっちかって言うと嫌なんだけど……」
カミールは投げやりに答えた。
「発動条件を変えなさいよっ!!」
「ノリで作った魔法らしいから、無理だな」
「らしいって……口で触れるということは、取り込んで体内で浄化でもしてるの?」
「そんな難しいこと、してないような……」
「じゃあ無意味な行為なの!?」
「…………違う場所にするか? それかそこまで嫌ならしないけど」
「〜〜〜〜っ!!」
アルマが奥歯をかみしめ、眉を下げて赤面する。
珍しい彼女の表情に、こっちの方がすかしている時よりとっつきやすいかも。
とカミールがぼんやり思っていた。
「い、いいわよ。目の横にキスして。だって貴族の令嬢は受けているんでしょ!?」
アルマがヤケになって言い放つ。
そしてフイッと顔を逸らしたついでに、右目側をカミールに向けてきた。
「うん、まぁそうだけど……」
カミールは少しげんなりしながらも、机に手をついて身を乗り出した。
こうなったらアルマは何が何でも魔法を受けようとするだろうし、カミールは早く終わらせたい気持ちでいっぱいだった。
アルマは目線だけをチラリとカミールに向けて、彼が顔を近付けているのを確認すると、目をギュッと閉じた。
「ちょっと待った!!」
それまで静かだったヨハンが、カミールの顔をアルマから離すためにグイッと押し除けた。
「いたたっ、何すんだよ?」
「それはこっちのセリフだ! 何が悲しくて好きなヒトがカミールにキスされるのを見とかなきゃいけないんだ!?」
激怒しているヨハンが勢い余って告白していた。
アルマは目を瞬かせて驚いているけれど、気付いていないヨハンの暴走は止まらない。
「魔法だとか何だとか分からないけど、そんな軽々しくアルマさんに触れないでくれよ!」
「けど、アルマが望んだことだぜ? どうすればいいんだよ?」
「そんなことは分かってる! アルマさん!」
ヨハンがアルマを見つめた。
「はい……」
赤くなったアルマが思わず敬語で返す。
「カミールの魔法を受けるのは止めてくれないか? その目元のホクロだって素敵だから消さないで。てかどこも綺麗だから! 例え指先だったとしてもカミールにキスさせるのは嫌だ!!」
ヨハンが興奮のままに強く言い切った。
その勢いに押されてか、アルマが思わずといった感じで返事をする。
「わ、分かったわ……」
頬を赤く染めてポーッとしている彼女は、満更でもなさそうだ。
ヨハンは彼女の返事を聞いて安心した途端に、自分がしでかしたことに気付いてハッとする。
そして居た堪れなくなったのか、キョロキョロした後にうつむいて顔を赤くした。
「…………」
「…………」
ヨハンもアルマも、真っ赤な顔を伏せて動かなくなってしまった。
カミールは呆れ返りながら2人を交互に見る。
「…………俺もう帰っていい?」
嘆きにも似たカミールの発言は、案の定、誰も返してはくれなかった。