16:ヨハンの恋
カミールとヨハンは並んで歩いていた。
向かうはアルマが営んでいる魔法の道具店。
そこにつくまでに、ヨハンが事のあらましを説明してくれた。
「街で偶然アルマさんを見かけてさ。颯爽と歩く姿が凛としてて綺麗な女性だなって」
「一目惚れ?」
カミールが何気なく聞くと、ヨハンは顔を赤くして盛大に照れた。
「…………意識し出すと、よく見かけるようになって……オレの職場の近くがアルマさんのお店の近くだったんだよ」
「で、好きなんだよな?」
「…………用は無いんだけど、気になって店に入ってみたんだ。それから少しずつアルマさんと喋るようになって……」
「もうそれバレバレじゃん」
カミールがそう言った瞬間、ヨハンが詰め寄って叫ぶ。
「うっさい! 話の流れからいろいろ察しろよ!」
「ハッキリしておかないと、アルマの店で俺がどう振る舞っていいかが分からないんだけど」
カミールは半笑いで言い切った。
すると観念したのか、ヨハンが顔を伏せながら答える。
「……うぅ……そうだよ。好きなんだけど……なんでカミールを呼び出すかなー? お前、アルマさんと学生時代何かあったのか?」
「え? 別に何も無いけど」
「じゃあ何で呼ばれたんだよ?」
ヨハンが恨みがましくカミールを睨んだ。
そうこうしている内にアルマの店に着いた。
白い壁にオレンジ色の屋根。
茶色の扉の左右には、くすんだ水色のランプがついている。
どこかほっこりする佇まいの店の中に、ヨハンは入って行った。
それにカミールも続く。
「こ、こんにちは……」
緊張気味のヨハンが、店の奥で棚に向かって立っていたアルマに声をかけた。
来客に気付いた彼女はクルリと振り返った。
サラサラの長い髪がフワリと広がる。
そしてヨハンに向けて柔らかく笑った。
「いらっしゃいませ。……カミールくん、久しぶりだね」
なのにカミールに対しては、ニヤッと何かを含んだ笑みを浮かべた。
「……久しぶり。俺に用って何?」
「まぁまず座ってよ」
アルマが店内のテーブル席を、手のひらで指し示した。
「…………」
カミールが言われた通りに椅子に座ると、戸惑いながらヨハンも隣に座った。
そんな様子を満足そうに眺めていたアルマが、2人の向いに座る。
「ハーブティーでもいかが?」
アルマがサラサラ流れる髪の毛を、片方の耳にかけながら聞いてきた。
カミールは相手の出方を警戒しながら答える。
「……今はいいよ。それより話を聞かせてくれないか?」
「せっかちだね。……実は……」
「実は?」
「カミールくんの特殊な魔法を見せて欲しいの」
アルマが机に頬杖をついた。
余裕そうにゆったりと笑いながら。
そんな彼女の様子を、ヨハンはポーッと見つめていた。
恋するヨハンには、純粋な美しいほほ笑みにしか見えて無さそうだ。
ヨハンの様子をチラリと確認したカミールは、アルマの意図を探るために注意深く切り出した。
「……特殊な魔法って?」
「〝肌の黒い所を消す魔法〟でしょ? こう見えても私、貴族の端くれなの」
アルマが自分の胸に手を置くようにして、自身を指し示す。
それから「兄弟が多くて末っ子だから、肩書きはほぼ無いけどね」と付け加えた。
夢現なヨハンが呟くように言った。
「そうなんだ……」
彼のその表情は、好きな人のことを知れて心なしが喜んで見える。
カミールがジト目でヨハンを見てから、アルマに向き直り意地悪く言った。
「…………じゃあ、料金が高くつくのも知ってるよな?」
けれどアルマは怯まずに、更に笑みを深めて言う。
「私、このお店で働きながら、魔法学校の教師の補佐みたいな仕事をしているの。そこでカミールくんの魔術論文を読んじゃった」
また、夢現なヨハンが呟いた。
「そうなんだ……」
カミールは隣のヨハンに呆れた目線を、熱く熱く投げかけた。
〝今までアルマと何を喋っていたのだろう?〟
という思いを込めて。
そんなカミールに向かってアルマが楽しそうに笑う。
「とても興味深かったわ。『魔法で構築する、時の流れが違う空間について』だったかしら? 実際に空間を行き来した人の記録も参考にして裏付けていたわね」
「…………」
「そこから導かれるのは……カミールくんは〝ララシェルン様の申し子〟なんかじゃないよね? 特殊な魔法の正体は、その違う空間を構築して対象物を転移させてるんでしょ?」
アルマが挑発するかのように、口の端を上げて続けた。
「貴族様に嘘ついちゃっていいのかなぁ? バレたら信用ガタ落ちじゃない??」
彼女は遠回しに〝ララシェルン様の申し子〟というのは嘘で、それを名乗るカミールを胡散臭い奴だと貴族の間で噂を流すぞと脅迫していた。
まさかの営業妨害!
アルマが導き出した結論は微妙に間違っているけど、そこは置いておこう……
てか、人の論文勝手に見るなよ!
めちゃくちゃ適当でいい加減に書いたやつ!
はっず!
論文の内容を公開するぞって脅迫された方がクルものがある!!
……内心大荒れのカミールだったけれど、努めて冷静に喋った。
「分かったよ。口止め料って訳だな? でも何で魔法が見たいんだ? どこかに消したいホクロとかアザでもあるのか?」
すると頬杖をついたままのアルマがニーッと歯を見せながら、イタズラっぽく笑った。
「ただの好奇心よ」
「そうなんだ……??」
カミールの魔術論文の話になったあたりから、ついていけなくなったヨハンが、取り敢えず意中の人の発言に同意していた。