13:なんでも無い日
少し大きくなって12歳になったカミールは、この日も取引の魔女の所を訪ねていた。
今日は彼なりに秘策を考えてきた。
いつまでも子供扱いするリラを、なんとか驚かせたかったからだ。
背伸びしたい年頃ゆえの、いじらしい気持ちだった。
いつもの白いフカフカのソファに座っていたカミールは、リラからもらったメニュー表をじっくりと見つめていた。
「来る度にメニュー表見てるね」
隣に座るリラが何気なく聞いてきた。
「価格が変わらないかなーって思って。いきなりすごく安くなってたり……」
「フフッ。そうSALEの日は来ないよ〜」
魔女は楽しそうに肩を揺らした。
カミールはメニュー表から隣のリラに目を移した。
リラは今日も薄着だった。
淡いグレー色のキャミソールワンピースを着ており、胸元から肩紐が同じトーンの淡いピンクの繊細なレースになっていた。
ふわりとしたスカートの裾にも同じレースがあしらわれており、なかなか際どい所までレースの隙間から見えた。
下着……だよな?
もしかして、立派な胸を見せつけようとしてる?
リラが好んで着ているリラックスウェアは、カミールにとって下着にしか見えなかった。
そのためカミール少年は、この日もやっぱりチラチラ見ることしか出来ないのであった。
リラはカミールから貰ったプレゼントを両手に乗せて、魔法を使ってリボンをシュルシュルと解いた。
包み紙も丁寧に開かれていくと、中から現れたのは乳白色の丸い陶器。
お揃いの蓋には可愛い小花の絵が描かれていた。
リラは魔法を使わずに手でその蓋を外すと、歓声をあげた。
「わぁ。良い匂いのクリームだね。ありがとう」
魔女が嬉しそうにニコニコ笑う。
そして早速少しだけ掬い取って手に塗った。
…………喜んでくれて良かったぁ。
カミールはその様子を見てホッと胸を撫で下ろした。
今年は何をプレゼントしようか迷った時に、あるお姉さんに相談したのだ。
その人は友達の歳の離れた姉だった。
カミールが友達の家に遊びに行った時に、こっそりとお姉さんに『何を貰ったら嬉しいか?』と聞いていた。
成人の年に近いそのお姉さんは〝マセガキだね〜〟というようにニヤニヤとカミールを見たけれど、丁寧にいろいろ教えてくれた。
カミールのような子供でも買える金額で。
それで今回のプレゼントを無事に用意することが出来たのだ。
「塗り心地もいいね」
リラは両手を広げて自分の目の前に掲げた。
今日の彼女の爪は赤寄りのピンクに塗られており、美味しそうな果実のようだった。
カミールはリラの片手を握った。
「い……いつも綺麗な爪の色をしてるな」
ネイルを誉めながらも、カミールはリラの手を自分の方へと引き寄せた。
カミールが言うように、魔女は会うたびに爪を綺麗な色で塗っていた。
このことが今日の作戦を思いついたきっかけだった。
思い切って魔女の手を握ったカミールは、ドキドキしながら目線を彼女の爪へと向ける。
リラの手はほんのり暖かかった。
「フフッ。ありがとう。部屋で過ごすことが多いから、自分に何かすることが好きなんだ」
リラが屈託のない笑みを浮かべて続けた。
「プレゼントのクリームも、私が好きそうだなと思って選んでくれたんでしょ? 気遣い上手だね。将来モテると思うよ〜」
首をかしげながら、リラがクスクスと笑う。
『将来モテると思う』とかって、全然恋愛対象として見てくれてないな……
カミールはムッとしながら、握っているリラの手をグイッと引っ張った。
それに釣られて、リラの体もカミールの方へと引き寄せられる。
カミールは近付いてきたリラにキスをした。
…………意気地が無かったからほっぺたに。
カミールが顔を離すと、きょとんとしているリラと目が合った。
「ほっぺにホクロでもあったのかな?」
子供のイタズラの類としか捉えてないリラの、純粋な言葉が突きつけられた。
だからカミールは頑張って気持ちをぶつけた。
顔を真っ赤にさせて、思わず繋いでる手をギュッと握りしめながら。
「あのさ、好きなんだけど」
「あはは。小さな弟が出来たみたいで嬉しいな。独りで過ごす私を心配して会いに来てくれるカミールのこと、私も好きだよ」
リラが笑いながら髪をさらりとかきあげた。
12歳と言ってもまだまだ子供。
取引の魔女は全く相手にしてくれなかった。
「…………」
カミールは肩透かしを食らって落ち込んでしまった。
リラから手を離して下を向く。
「あ、そろそろ帰らないとカミールの世界では半日以上経っちゃうよ。お家の人が心配しちゃう」
リラがそう言ってカミールの顔を覗き込んだ。
「…………」
むくれているカミールが恨めしそうにリラを見ると、彼女は「ん?」と優しくほほ笑みを浮かべていた。
そして何がそんなに楽しいのかってほどニコニコと笑いながら、カミールの前髪をかきあげるようにして頭を撫でてきた。
「っ子供扱いするなーー」
怒ったカミールがリラの手を振り払おうとした時だった。
リラがカミールのおでこにキスをした。
「おかえしだよ」
「…………っ!?」
固まっていたカミールが、ワンテンポ遅れて真っ赤になる。
それをイタズラっぽく「フフッ」と笑いながら魔女が見つめていた。
「じゃあ、またね」
リラが目を細めて柔らかく笑う。
同時にカミールの体が光で包まれ始める……
…………
リラは別れ際にいつも『またね』と言うけれど、本当はまた会うことなんて全然期待していなかった。
彼女に会うのは数回目のカミールでも、彼女の悲しいほどの淡白さを感じ取っていた。
この次元でみんなとは違う時の流れを生きる魔女は、他の人との出会いを大事にしているようで、まったくしていない。
どうせ会えなくなるからと、どこか初めから諦めていた。
そうやって人との関わりを深めるつもりはないリラは、どんな気持ちでカミールを見送っているのだろう。
せめて、別れ際は寂しいと思って欲しいな。
カミールはニコニコ笑い続けるリラを見ながら、そんな切ない想いを抱いていた。