11 :テレージア王妃
……お金のため……
……お金のため……
カミールは前を歩く従者の背中を見つめながら、頭の中をそのことで必死に埋め尽くした。
そうしなければ、緊張で震えて進めなくなってしまうからだ。
彼は今、王宮の立派な廊下を歩いていた。
床は鏡のようにツルツルに磨かれており、無駄に装飾を施された柱が、きっちり等間隔に並んでいる。
その柱の間にはこれまた高額そうな絵が飾ってあったり、壺が置いてあったり……
庶民のカミールには、こんな目の眩むような高貴な空間は辛かった。
場違い感が半端ない。
けれど頭の片隅で少しだけ考えてしまう。
……あれを売ったらいくらになるんだろう?
褒美として持って帰れってもし言われたら、どれにしよう?
そんな無駄な事を考えていると、王妃のいる部屋についた。
ここまで連れて来てくれた従者が、恭しく扉を開ける。
そして中に入るように優しく促された。
カミールが恐る恐る中をのぞくと、豪華絢爛な椅子に王妃のテレージアと……
なんと国王であるアレクシスまで座って待ち構えていた。
王妃のテレージアは、カミールより一回り年上の美しい女性だった。
黄金に輝く髪を綺麗に結い上げており、深い赤色のドレスを着こなす様子は艶やかだった。
キリッとした顔立ちに切れ長な目。
堂々と背筋を伸ばして椅子に座る様子は、ピリピリとした威圧を感じるほどだった。
対して隣に座る国王のアレクシスは、柔和な顔立ちにクルクルと柔らかい猫毛のような淡い茶髪。
常に穏やかに笑う彼は、テレージア王妃よりも若い青年だった。
流石にカミールよりは年上だけど。
そんな正反対の2人は、一見するとテレージアが国のトップのようだ。
「…………ぅぅ」
カミールは身震いしながら歩みを進め、2人の前に立った。
テレージアはゆったり笑いながら、ずっとカミールを見つめていた。
「よく来てくれました。貴方が魔術師カミールで間違いありませんか?」
凛とした声が部屋に響き渡る。
「…………はい」
カミールは返事を絞り出した。
「貴方の噂をお聞きしておりました。けれど真実を貴方の口から教えていただけませんか?」
再び鈴の音のような声を王妃が発する。
「…………はい…………」
カミールは1度深呼吸をしてから、自分の特殊な魔法について説明した。
ーーーーーー
「よく分かりましたわ。では実際に、わたくしの手の甲にあるホクロを取って下さらないかしら?」
説明を聞き終えたテレージアが、そう言って右の手袋を外した。
今まで傍観していたアレクシスが慌て始める。
「レジィ。君の手の甲にキスさせるのかい? それはちょっと……」
国王が頬を染めて王妃を熱く見つめた。
どうやらアレクシスは王妃が大好きなようで、他の男にキスさせたくないらしい。
そんな嫉妬した国王をテレージアが優しくなだめる。
「大丈夫ですわ。相手は少年のような若者です。アレク一筋のわたくしは、これしきのことで何とも思いませんわ」
「レジィ……」
2人は熱く見つめ合った。
緊張しているカミールの脳内が、ほんの少し荒れる。
……何だこの茶番は……
瞼が降りて半目になりそうなのを、パチパチと瞬きすることによって防ぐ。
そうこうしていると、国王たちの間で何やら納得し合ったようで、テレージアが右手をカミールに差し出してきた。
「では、消してみてくださる?」
王妃が無邪気にほほ笑んだ。
「……はい」
カミールはカチコミに固まりながらも、何とか手足を動かして彼女の元へと進む。
それから片膝を立ててしゃがむと、テレージアの手を取り、甲のホクロを唇で触れた。
「……まぁ! 本当に綺麗に無くなったわ!」
ホクロが消えた途端に、テレージアは喜び騒いだ。
王妃はカミールの手から自身の右手を抜き取り、アレクシスに向けて掲げて見せる。
カミールは勢いに驚きながらも、立ち上がって後ずさった。
そうして王妃たちを邪魔しないように、静かに元の場所に戻った。
国王も目の前で起こった魔法に驚き、目を丸めている。
「本当だね」
「全く痛みもありませんし、跡も残りませんわ! わたくし他の気になる部分も、ぜひ消していただきたいです」
嬉しそうに頬を上気させて笑うテレージアは、この時だけは少女のように見えた。
アレクシスも、そんな彼女を愛おしそうに優しく見つめる。
けれど次の瞬間にはハッとした表情を浮かべた。
「…………他の所もキスさせるのかい?」
「そうですわね。でもカミールの魔法は〝ララシェルン様の祝福〟と称されております。彼からのキスではなく、女神様からの祝福を届けて下さっているだけですよ。邪な目で見ては失礼です」
テレージアが強く言い切った。
「……でも……」
「分かってくださいませ。アレクのためにいつまでも綺麗にいたいのですわ」
「レジィ……」
また2人は熱く見つめ合った。
緊張しているカミールの脳内が、なかなか荒れ始める。
何だこの茶番は。
早く終わらないかな。
居た堪れないんだけど……
そんなカミールの願いが通じたのか、アレクシスが甘ったるい雰囲気を断ち切るように宣言した。
「じゃあ、君の口元にあるホクロは取っちゃダメだよ! そこは流石に不貞行為だ」
「…………フフッ。分かりましたわ」
一瞬真顔になったテレージアが、ワンテンポ遅れてから笑って答えた。
そして2人してカミールの方へ向いた。
「では、また日を改めてお願いしますわね。カミールの魔法は、1日に1度しか使えないのでしょう?」
テレージアが眉を下げながら首をかしげた。
実はこの〝1日に1度〟という設定は、カミールがついた嘘だった。
後ろめたくてカミールが慌てて答える。
「はい。無理をすると使えますが、綺麗にいかないこともありますので……」
この嘘は、何回にも、何日にも分けて魔法をかけることで、都度報酬を貰うためだった。
「……無理はいけませんわね」
テレージアがニッコリと笑った。
優美なその笑顔に何か含みを感じたカミールは、真意を探ろうと見つめ返した。
けれど国王の手前、ずっと見ていてはまずいと気付き、すぐに逸らすのだった。