10:一度あることは二度ある?
ーー引き篭もる。
もとい、自分の好きなことをたっぷりして、元気を徐々に取り戻したカミールは〝仕事を少しずつ再開するかー〟と暢気に構えていた。
けれど、そうも言っていられない事態が起こった。
ある日、カミールがオリバーと街を歩いていた時のことだった。
2人は昼食を取るために、目当ての店に向かいながら談笑をしていた。
「で、ヘルミーナに殺されそうになった俺が、ひどくしょげて帰ったものだから、すごく噂になったらしいんだぜ」
カミールが意気揚々と説明する。
「なんて?」
オリバーが続きを促した。
「〝そばかすを消して欲しかったヘルミーナが、お金が払えないから実力行使に出た〟って。おかげで〝魔術師カミールは、そばかすやホクロを消す事が出来る〟ってこともセットで貴族たちの間に知れ渡ったんだ」
興奮気味のカミールが拳を小さく掲げた。
そんな彼をみたオリバーが、少し冷めた目つきになった。
「……いいか、カミール。有名になり過ぎるってことは逆に危険なんだ。気を付けろよ」
「へ?」
そんな事を言われると思ってなかったカミールが、驚いて思わず立ち止まった。
ーーその時だった。
歩道の横を駆け抜ける馬車の一台が、いきなりカミールの横で急停車した。
かと思ったら、中から伸びて来た手に腕を掴まれて……
「またか!? オリバー!!」
カミールは友人に助けを求めて手を伸ばした。
けれどオリバーは馬車の中の人物しか見ておらず、ビシッと直立してから叫んだ。
「マティアス・エステン様! その節は誠にありがとうございました!! どうぞどうぞ、一介の魔術師を連れて行って下さいませ!!」
そして深々と礼をした。
伸ばした手で宙を掴みながらカミールが叫ぶ。
「ちくしょう! 覚えてろよ!?」
子悪党みたいなセリフを最後に、カミールが中に引き摺り込まれた。
そして扉がバタンと閉まり、馬車はオリバーの前から颯爽と走り去っていった。
すぐに動き出した馬車に慌てたカミールは、マティアスの向かいの席になだれ込むように座った。
「っぶな。…………今日は何でしょうか?」
カミールは恨みがましくマティアスを見た。
けれど彼は、腕組みをして気難しい表情をしており、いつもとは違う様子だった。
「…………マティアス……様?」
カミールが呼ぶと、ようやくマティアスがその重い口を開いて語り出した。
「カミール。君に会いたいと仰ってる方がいる」
マティアスの雰囲気に、カミールも冷や汗をかきながら聞く。
「……それは……?」
「…………テレージア王妃様だ」
「……は?」
カミールは固まった。
「だから、テレージア王妃様だ」
「…………」
「僕宛に王妃様から手紙が届いた。魔術師カミールを連れてこいと。期日は…………」
「…………」
相変わらず動けずにいるカミールなど気にも止めずに、マティアスが淡々と続ける。
「今日」
そう言われてカミールはやっと返事をした。
「今、向かってる感じですか?」
「…………」
マティアスは返事の代わりにゆっくりと頷いた。
「やっぱり! いつも速攻過ぎません!?」
カミールは無駄だと分かっていながらも、ギャーギャー喚き散らすしかなかった。
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今日もまた、カミールはエステン公爵家で見栄えの良い身なりに整えられた。
マティアス曰く〝カミールはエステン家お抱えの魔術師だと思われているからな。それなりの格好をしてもらう〟だそうだ。
それからマティアスに連行されて、王妃様のいる城へと向かう。
「「…………」」
2人が乗っている馬車の中は終始無言だった。
カミールは沈黙の中、ひたすら考え込んでいた。
ーーテレージア王妃様。
確か俺よりまぁまぁ年上で、気に入らない者は容赦なく罰する気難しい王妃様だと聞いた事がある。
その分、気に入った者には贔屓がすごいらしいけど。
…………
考え方を変えよう。
これはビジネスとしてビッグチャンスだ。
おそらく俺の〝肌の黒い所を消す魔法〟をご所望だ。
すごく気に入ってくれたら、羽振りよく大金をくれたりして?
そうしたら、目標金額に一気に届く!?
うん。
やる気が出てきたかもしれない!!
カミールは必死にテンションを高めていた。
それは一種の現実逃避だと気付きながら。
「おい、カミール。ついたぞ」
マティアスの声で現実に引き戻されたカミールは、弾かれたように顔をあげた。
そして勢いよく立ち上がって返事をする。
「よし、行きましょうか……ってあれ?」
カミールは馬車から外に出ようと扉を半分くぐった所で、動き出そうとしないマティアスに目を向けた。
彼は相変わらず気難しい顔をしてジッとしている。
「……マティアス様、行かないんですか?」
カミールは〝もしかして……〟と不安を感じながら聞く。
「…………僕はここまでだ。話は通してあるから、馬車を降りたら道を真っ直ぐ進んで行け。あとは王宮の使用人がどうにかしてくれる」
「えぇ!? 俺だけで行くんですか!?」
「あくまでも呼ばれているのはカミールだけだ。頑張ってこい」
「…………」
カミールは思わず涙目になった。
何だかんだで仲良くなったマティアスに、一定の信頼を抱いていることに気付く。
「カミールの〝消える魔法〟を会得したい夢に一歩近づくな」
泣き出しそうな魔術師を励ますために、マティアスがニヤリと笑った。
「…………オリバーのやつ、どこまで話したんですか?」
深いため息をついたカミールは、観念すると馬車の外に目を向けて、1人で降りていった。