表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/66

1:悪巧みは計画的に


「ありがとうございました。また必要になりましたら、いつでもお呼び下さい」


 屋敷の玄関扉まで律儀に送ってくれた夫人に向けて、青年は振り返って爽やかな笑顔を向けた。

 夫人も嬉しそうに笑い返し、和やかな空気が流れる。

 屋敷の使用人がその重厚な扉に手をかけると、青年は笑顔のまま、完全に閉まるまで動かずにいた。

 


 ……そして(きびす)を返して門に続く道を足早に歩いた。

 顔にはさっきまでと違い、ニヤリと悪どい笑みを乗せて。


 


 青年は晴れ渡る空を見上げながら胸を弾ませた。


 今日のお客は羽振りがすごく良かった。

 おかげで()()()()にもまた一歩近づけたぞ!


 ホクホクしながら屋敷の門をくぐって大通りを歩く。

 すると背後から誰かに呼び止められた。


「あ、あの! 女神ララシェルン様の申し子と呼ばれる魔術師のカミール様でしょうか?」


 足を止めて振り返ると、おろおろした女性が立っていた。

 上質な使用人の服を着た、いかにもどこかの従者ですといった風貌のメイドだ。


 カミールと呼ばれた青年は、口の端を思わず吊り上げる。


 次のカモが来た……

 おそらく、俺の噂を聞いてこの屋敷から出るのを待っていた、別の名家のメイドだな。


 少しだけ考え込むと、カミールはすぐに爽やかな笑みに切り替えた。

「そうだよ。ボクに何か用?」

 

 彼は心の中で盛大にほくそ笑みながら、人畜無害そうに首をかしげた。




 ーーーーーー


 先ほど声をかけてきたメイドは、エステン公爵家で働いているノーラという女性だった。

 主人であるマリアンネがカミールの噂を聞いて探し回っていたらしい。


 カミールは呼び止められたその足で、エステン公爵家へと向かった。

 メイドのノーラと馬車に乗せられて数分経つと、立派なお屋敷に到着した。

 そしてそのマリアンネがいる部屋に案内されたのだった。




「マリアンネ様、魔術師のカミール様をお連れしました」

 ノーラが部屋の中にいる主人に声をかけると、中から凛とした返事が聞こえた。

 

 扉がゆっくりと開いて部屋の中に通されると、淡い水色のドレスを上品に着こなす令嬢がいた。

 彼女は窓際に(たたず)み、憂えげに窓の外の景色を眺めている。


 カミールが部屋の中央まで進むと、ようやく彼女はこちらを向いた。


「よくいらして下さいました。わたくしはマリアンネ・エステンと申します」

 そう言って、目を伏せながらカテーシーをした彼女の右(まぶた)には、少し目立つホクロがあった。




 お茶を振る舞うために席に通されたカミールは、向かいに座る浮かない表情のマリアンネを見た。

「それで……ボクにお願いしたいことは何ですか?」

 穏やかに笑い、優しい声色でカミールが喋りかける。


 その雰囲気に後押しされてか、おずおずとマリアンネが話し始めた。

「……見ての通り、この(まぶた)の上のホクロを取っていただきたいのです」

 マリアンネが悲しそうに(うつむ)く。

 その仕草のせいで、(まぶた)の上のホクロがよく見えた。


 カミールはそんな彼女を安心させるために、穏やかにほほ笑んだ。

 そして今回の依頼をこなすために説明を始めた。


「分かりました。ただし確認したいことが2点あります」

「……何でしょうか?」

「まずは、ボクがホクロを取るためにはその場所に口付けをしなくてはいけません。ララシェルン様からの祝福ですから」

 カミールは自分の唇を指し示してニコリと笑った。


 内心では『ウゲー。知り合いに見られたら、めちゃくちゃ恥ずかしい!』と毒付く。


 けれど表面上はいたって冷静に続ける。


「だから、マリアンネ様の(まぶた)にキスをしてもよろしいでしょうか?」

「…………」


 マリアンネが困惑しながら押し黙ってしまった。

 親しくもない異性にキスをされると知った、貴族の女性によくある反応だった。


 カミールはゆっくりと穏やかに伝えた。

 ここで拒否されればおしまいだ。

「お母様や、ご兄弟の方に立ち会っていただいても構いませんよ?」

「…………兄に、兄のマティアスに立ち会って貰うようにお願いしてみます」

 

 マリアンネが、カミールにキスをされることは仕方がないと踏ん切りをつけた瞬間だった。

 大抵のお客は、自分のコンプレックスが解消するなら、そのぐらい良いだろうと判断する。

 マリアンネもその1人だった。


 覚悟を決めた彼女が、ふと思い出して尋ねる。

「それで、もう一つは何でしょうか?」


 カミールは清々(すがすが)しいほど爽やかに笑いながら言った。

「料金のお話ですね。特殊な魔法なので、皆様が思っている料金と異なる場合がございまして……」




**===========**


 街にある昔ながらの酒場は、今日も馴染みの客で賑わっていた。

 ガヤガヤした喧騒の中、端にあるテーブル席で、ひときわ大きな高笑いが上がる。


「あっはっはっは!! もう笑いが止まんねー」

 カミールはビールをグイッと飲むと、グラスをダンっと机に荒く置いた。


「最近、絶好調だな」

 向かいに座るオリバーが、グラスに口をつけて優雅にビールを一口飲む。

 彼はカミールの幼馴染の1人だった。

 冷静沈着なオリバーは酔っても騒がないタイプで、今日も静かに飲んでいる。


 ほろ酔い気分のカミールが、ニヤニヤしながらオリバーを見た。

「凄いんだぜ。俺が有名になるにつれて料金を高くしているのに、どのお客もポンッと払うからな」

「豪遊しない貴族の所には、お金が腐るほどあるのさ」

 オリバーがニヤリと黒い笑みを浮かべた。


 彼は有名な商社を取り仕切る社長の息子でもあった。

 子供のカミールでも、彼には商才があると感じるほど賢かったオリバー。

 そんな彼に『この特殊な魔法を使って稼ぐにはどうしたらいいか』と、カミールが相談したのがことの始まりだった。

 オリバーは快くいろいろと吹き込んで(教えて)くれた。


 今日はいつもの酒場で、定期報告と言いつつ、ただ単に2人で飲み明かしていた。




 オリバーの悪どい顔なんて見飽きているカミールは気にせず喋った。

「しかも〝ララシェルン様の申し子〟とかいう変な通り名がついてるし……」

 おもむろにポテトのフライをヒョイとつまみ、口に放り込んで続ける。

「美の女神様だっけ? ホクロやシミを綺麗に消すことが出来るからって、そんな女神の申し子なんかじゃねーし」

 カミールはあけすけに言い放つと、しばらくモグモグと咀嚼した。

 

 オリバーもカリッと焼けたパンをちぎって、ペースト状のソースをつけてから口に運んだ。

「まぁ、それを逆手に取り自分から関連付けて警戒心を解く方法……上手くいってるだろ?」

 目の前の友人が「クックックッ」と、どこぞの魔王かと見間違えるほど悪どい表情を浮かべる。

 

 カミールはパァァと表情を明るくさせて、素直に感謝を示した。

「上手くいきまくってる! オリバーに相談して本当に良かった!! 悪巧みを考えるならお前しかいないな」

「悪巧みじゃなくて立派な戦略と言ってくれよ。カミールは言動さえ気を付ければ、誠実で無害そうな人だからな」

 オリバーが途端にニヤニヤした。


 友人は、接客用のカミールの設定を2人で考えている時のことを思い出して言っているのだった。

 カミールは童顔で、背も平均的な男性よりも小さかった。

 大抵の女性よりはちょっと大きいかなというぐらい。

 その年齢よりも幼く感じる見た目を活かして、猫を被りまくれとオリバーが指示をした。

 その時に、見た目の事実を遠慮なく突きつけられたカミールが、しばらく再起不能になっていたのをオリバーは笑っているのだ。


 自分の外見のことは粛々と受け止められる大人になったカミールは、騒ぐことなく静かに返した。

「……もう接客の時は演じるのに必死だからな。これでもボロが出ないように気を張ってるんだぞ」

「ハハ。実際に爽やかなカミールを見たら鳥肌立ちそう…………それで? 目標金額達成の目処(めど)は立ったのか?」

 オリバーがグラスを持ち上げて口に当てた。

「うーん、何となく? 最近上顧客がついたからなぁ」

 カミールもビールをもう一口飲んだ。


 ふと気になったオリバーが、グラスを机に置いて首をかしげる。

「……そんなに大金を貯めて、やっぱり夢はアレなのか?」

「もちろん……」

 酔って大きな気分になってきたカミールが「フッフッフッ」とわざとらしく笑いながら続けた。



「〝消える魔法〟を手に入れるためだ!」



「…………姿を消せるようになったら、絶対ろくな事に使わないだろ」

 カミールのことをよく分かっているオリバーが、心底呆れた視線を投げつけた。


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ