管理人
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その区の南部の一角は、狭い路地の両脇に住宅が密集していて、歩いていると迷路に入り込んだような錯覚におちいる街並みだった。 土地の権利関係の複雑さから、防災の為の行政の再開発計画も遅滞している地域で、高齢者の居住が目立っていた。
ある日の午後、宅配便の配達員の若い男性が、荷物を載せた台車を押しながら、路地を歩いてきた。配達員が周囲の家を見回している様子に気づいた、路上で立ち話をしていた二人連れの中年の女性の一人が、
「どこ探しているの?」
と、声をかけた。配達員は、
「浦部さんという方なんですが」
と、応えた。
「浦部のおじいちゃんなら、そこよ」
と女性は路地の奥の平屋の家を指した。
配達員がインターフォンを押すと、はい、と返事があり、七十代前半と見受けられる人物が扉を開けて、荷物を受け取った。老人は路地の二人の女性に気付くと軽く会釈をした。
「浦部のおじいちゃんは、変わらないわね」
一人が言うと、
「いくつになるのかしら? あんまり老けないわよね」
ともう一人が応えた。
荷物を受け取った老人は、室内に戻ると、コスモ配送センターと、差出人の表記が貼られた包装を破って中身を出した。
クッキーの缶のような四角いかたちのものが現れた。表面に鍵穴のようなスリットがある。老人は卓上からドライバーを取ると、そのスリットにドライバーの先端を差し込んで回した。一瞬、四角いかたちのものは、わずかに振動したようだった。装置は作動を始めた。
このクッキーの缶のような装置は、空間に飛び交う電波を捉え、記録、蓄積する装置だった。老人がこの装置を扱うのは三台目である。
老人が一台目の装置を作動させたのは、この惑星で第一次世界大戦が勃発した百年以上前の遠い過去だった。管理人として、老人がこの惑星に赴任したときだった。
戦場で使用される電波情報は、すでに暗号がもちいられていた。世界規模の初めての戦争は町を廃墟にし、多くの死傷者をうみだした。兵士は、じめじめした塹壕の中で炸裂する砲弾の衝撃と機銃の発射音におびえ、忍び寄る死を覚悟していた。
だが、この惑星の人間は懲りなかった。第一次世界大戦の二十年後、再び世界大戦が始まる。破壊と殺戮は前よりも徹底していて、都市は壊滅的な打撃をうけ、発達した殺戮兵器による破壊は多くの非戦闘員を巻き添えにした。
戦場で飛びかった無線通信のやりとり、命令、戦闘指示の通話、被害を伝えるラジオ放送、救助を求める悲痛な会話内容、………すべて装置のなかに傍受され、記録されていた。
それからも、この惑星で戦争が絶えることはなかった。外交が破綻すれば恫喝と威圧の手段として、武力の使用は百年前となんら変わることなく有効だった。
老人は、部屋のテーブルに装置を置き、過去を反芻した。記録容量が限度になった使用済みの二台の装置は、部屋の隅に置いてある。母星からの交代要員が到着すれば、二台の装置を持って老人は帰還する。
この惑星に知性をもつ生命体が登場したのと同時に母星によるモニターは始まった。生命体に過大な干渉をしないように配慮しながら、見守りを続けてきたが、戦いの野蛮な風習はこの生命体の行動の奥深くにきざみこまれたものなのだろうか、と老人は思う。
老人の生まれた母星での平均寿命は長い。意味のない戦いを避け、生命力を尊べば、この惑星の生命体も長寿に恵まれるのに、と老人は思う。その母星との窓口になっているのは、配送センターだった。この惑星の環境のなかにとけこむよう、偽装された組織であちこちに設置されている。
老人の帰還がせまっていた。思い出の多い惑星だった。いずれ年月が経てば、ここの生命体も自分たちの行いを反省してくれるだろう。それは老人の希望でもあった。
夜になった。老人が床に入って熟睡したころ、泥棒が侵入した。泥棒は、金目のものと思ったのか、部屋の隅にあった装置の一台を持って逃走した。
泥棒は夜の町を逃げ、自分のアパートに戻ると、装置をこじ開けようとして、あちこち、いじりまわした。
そして表面のスリットに気がついた。泥棒は道具箱から、ドライバーを取り出し、スリットにあてると、先端をまわした。装置のロックが解除され、内部に記録されていた、あらゆる攻撃開始命令の電波信号が全世界に向けて発信されてしまった。
こうして後戻りの出来ない最終戦争が始まった。