【第006話】東の森(6)
新連載8話目です。本日は10話まで投稿します。
以降は不定期ではありますが、週2話程度のペースで投稿していきます。
【第○○○話】がメインの物語で、【第○○○.5話】はサブエピソードです。
後書きには設定資料を記載しております。
「追跡……え? 何ですか?」
いや……そんなに自信たっぷりに名を告げられても、そんな魔法は聞いたことがない。
「追跡魔法だよ。大学時代の友人が研究している魔法なんだ」
「そ、そうなんですか。で……それで、どうやって妹さんを探すんですか?」
「ふふふ……ちょっと見てて」
イルハは子供のような笑顔で、顔を近づけてみるよう俺に催促した。掌の光はゆらゆらと明滅しながら、右の方向へ進んでは中央部に戻り――を繰り返している。
「分かるかな? この光は右に進もうとしていて、それを僕の魔力で中央に押し戻しているんだ。では質問。この光が向かおうとしている先には……何があると思う?」
さて。もう答えは出ているようなものだが、俺は知っている。こういうとき、間違っても『妹さんがいるんでしょ?』などと言ってはいけない。笑顔のイルハに、自分でも呆れるくらい大袈裟に驚いてみせた。
「ま、まさか! もしかして! 妹さんがいる……とか?」
会心の演技というわけでもなかったが、どうやら成功したようだ。幸せの絶頂にいるような顔になったイルハは、グっと右手を握り締めた。同時に、掌の上で踊っていた光も消える。
「そう! この光と、妹の背中にくっつけてある光は引き合っているんだ!」
「じゃあ! この光が向かう方向に進めば!」
「ミアのいる場所に辿り着くってわけさ!」
イルハは久しぶりの感触を噛みしめるように叫んだ。ゲフィンを失って2ヵ月。他の冒険者たちとは、こんな話題で盛り上がることはできないのだろう。こんなに無邪気に喜んでくれるのなら、こっちも演技をした甲斐があったというものだ。
しかし、予想通りのイルハの反応はいったん置いとくとして……これは確かに、凄く便利な魔法だ。
「僕が大学を辞めるときに教えてくれたんだ。冒険者になるなら絶対に役に立つからって」
イルハが手を広げると、再び踊る光が現れた。さっきと同じように、光は右に進もうとしては中央に押し戻されている。
「目標までの距離が近くなるほど、引き合う力も強くなる。まだ研究段階で、今は方向と大まかな距離しか分からないけど、熱心な彼のことだ。いずれ改良を重ねて、より精度の高いものに仕上げてくれるだろう」
「これ……10年後には大陸中に広まってるかもしれませんね」
俺の何気ない一言に、イルハは目を輝かせた。
「リークくん、やはり君は見所がある! そうなんだ! この研究を馬鹿にする輩は大学にたくさんいたけど、僕はなんて見る目のない連中だと内心思っていたんだよ!」
「えっ? ああ。そうなんですか」
「まったく、素晴らしい! 正規の研究者でもない君が、この魔法に秘められた無限の可能性を見抜くなんてね!」
「い、いや。そんな大袈裟な――」
「僕は以前から思ってたんだ! 大学は研究員の選考基準を見直すべきだってね! 世のため人のためになる魔法を研究している者こそ、陽の目を見るべき……リークくんもそう思うだろう?」
だろう? と言われても、エルファリア王立大学の人事について俺は何も知らないし、まして意見を言う資格などあるはずもない。分かるはずもないことに同意を求めてくるのは、イルハの癖なのだろう。
怒涛の勢いで話し終えたイルハは、しばらくすると落ち着きを取り戻した。ギラギラと暑苦しく輝いていた青い目は今、元の知性を漂わせている。
「リークくん、光魔法は使える?」
「ええ。まあ、ほんの少しですけど」
荒くなった呼吸を整えながら、イルハは俺に微笑んでみせた。
「妹の捜索が終わったら、この魔法の使い方を教えてあげるよ」
「えっ? いいんですか?」
「価値が分かる人にこそ使ってもらいたいからね。光魔法が使えるなら、ちょっとしたコツを覚えるだけでいいんだ」
これはまた、とんでもない幸運だ。パーティの人数にもよるが、この魔法を使える者が2人、3人いれば、それぞれが連携をしながら二手、三手に分かれて行動することが難しくなくなる。
これまで『最大でも6人』というのがパーティ編成の常識だった。それ以上になると意思を統一することが難しくなり、かえって死人が増えると言われていたのだ。精度がさらに上がれば、これは冒険者の世界に革命を起こすことになるかもしれない。
「それにしても嬉しいね。森の中で偶然出会った君と、こんなに話が弾むなんて。やはりゲフィンさんの教育が――」
「ちょっと待ってください」
そのとき俺は、ブーツ越しに伝わる、微かな振動を感じ取った。
「どうしたんだい?」
「エルノールさん。少し……静かにしてもらえますか?」
しゃがみこんで、両掌を地面に押し当てた。間違いない。近くに大型の魔物がいる。四本脚で、1匹……いや、このサイズだと1頭と数えるべきか。
「何かが近付いています」
「リークくん、警戒ができるの? 僕はてっきり、君は戦士だと思ってたよ」
警戒は野伏にとっては必須のスキルといえるものだが、コンラート冒険者団にはカノーサという優秀な野伏がいたため、戦士である俺は本来習得する必要のないものだ。
「えっと……一応戦士です。けど、友人に教えて貰いました」
器用貧乏だと言われるかもしれないが、とりあえずできることはやっておく。本職には敵わないにしても、いずれ何かの役に立つことがあるかもしれない。これはゲフィンに教えられたわけではなく、自分でそうすると決めたことだ。
「やはり、持つべきものは友ということだね」
「そ、そうですね。それより伏せてください。かなり大きいです」
言う通りにしゃがみこんだイルハの顔に、緊張の色が浮かんだ。魔法使いにとって最も避けるべき事態は、敵に距離を詰められることだ。そうならないために野伏が警戒し、戦士が盾となる。しかし、大型の魔物を相手に盾が1つしかないという状況は、何とも心許ない。
「どう? 動いてる?」
伝わってくる振動の間隔から推測すると、かなり大きなサイズの魔物だ。しかし、振動の大きさは、想定する体格に比べずっと小さい。つまり奴は今、忍び足で動いているということだ。
「俺たちを狙ってます」
「そ、それは困ったな……」
イルハの言う通り、これはかなりまずい状況だ。俺の腕で対処できるのは、せいぜい自分と同程度のサイズの魔物までだ。それ以上になると、盾としての役割を果たせない。接近されたら終わりだ。
「隠れる場所を探しましょう」
奴は獲物が動かないことに気付いて、どうやって接近しようかと考えているはず。つまり俺たちに残された時間は、奴が俺たちを仕留める手段を決定するまでの、ほんの僅かなものだ。急がなければ。
「隠れる場所……あるかな?」
イルハがぼそりと呟き、俺は自分の愚かさに気付いた。
「……見当たりませんね」
当然だ。そんなものが都合よく転がってるはずがない。ここは魔物たちの狩場で、俺たちは獲物。俺たちではなく、奴らにとって都合が良い仕様になっているのだ。
こうなった以上、奴が姿を現した瞬間、俺が突撃するしかない。大型の魔物でも、不意を突けば怯むはず。その隙にイルハが魔法で攻撃する。ガルムを吹き飛ばしたあの風の矢なら、致命傷とまではいかなくとも、確実にダメージを与えることができる。死にさえしなければ、後で回復魔法をかけて貰えばいい。
奴がいる場所は凡そ分かっている。俺は地面から手を離し、立ち上がった。
「リークくん?」
「エルノールさん……風の矢の準備をお願いします」
長剣の握りに手を添え、呼吸を整える。
「まさか、出るつもりかい?」
「奴は単独で動いてます。一か八かですが、やるしかありません」
間違いなく危険な相手だが……これしか道はない。
「しかし……大型の魔物だというなら、ガルムのようにはいかないよ」
確かに、泉で戦った番のガルムよりも厄介な相手であることは間違いない。あのサイズで、しかも風魔法が効きやすいガルムなら、イルハの魔法で片が付くのだが……
(そういえば……)
イルハが勿体ぶった登場をしてくれたお陰で気付くことができた、特徴的な貌。あの2匹のガルムの貌には、成体には見られないはずの白い毛が残っていた。
あのときに感じた違和感。奴らはまだ子供だったんだ。では何故、俺はあの2匹を成体だと思っていたのか。その答えは単純だ。
(巨大化している……!)
そう。成体とほとんど同じサイズだったんだ。そしてもし、この現象が他の魔物にも起こっているのなら、俺の作戦は失敗する可能性が高い。3メートルを超えるような魔物は俺ごときの攻撃では怯まないし、イルハの風の矢も通用しないかもしれない。やはりいったん退いて、観察しなくては。
しかし、どこへ? どこへ退く? 身を潜めている魔物は1頭。ガルムのような連携攻撃を仕掛けてくるわけではない。現れた瞬間、俺たちに飛びかかってくる。考えろ。こんなとき、カノーサならどう動いた?
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ゲフィンと出会う前の俺は、ホント馬鹿なガキでよ。しょうもねえ理由で、しょっちゅう警察に追いかけられてたんだ。
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コンラート冒険者団に加入する前、路上生活児として生きていたカノーサ。
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脚の速さじゃ、デカい大人には敵わねえ。だからこう考えた。こっちは体の小ささを利用する。デカい奴には行けない場所に移動すればいいのさ。
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森の中で、大型の魔物が行けない場所……たくさんあるじゃないか!
俺は握りから手を離し、長剣を鞘ごと腰から外した。高さと枝の張り方……ちょうどいいのはあの木だ。
「エルノールさん! ついてきてください!」
イルハが立ち上がったことを確認すると、俺は目標の木へ走り、鞘に入れたままの長剣を立てかけた。そのまま鍔に足を掛ける。これを使って跳躍すれば、あの枝まで……え?
(届かない?)
足を鍔の上に置いたまま、俺は固まってしまった。近くで見た枝は、予想よりもかなり高い位置にある。目測を誤っていたんだ。あと30センチ……いや、もっとか? いずれにせよ、気合で何とかなるような数字ではない。
「リークくん! そのまま跳ぶんだ!」
イルハが叫んだ。
「け、けど! 思ったより高くて――」
「時間がない! 早く!」
そのとき、イルハの後ろ、30メートルほど離れた位置にある茂みがガサガサと音を立てて掻き分けられ、巨大な魔物が姿を現した。
「リ……リークくん。あれ……何?」
イルハは呆然とした様子で、後方に迫る魔物を見つめた。いや……それは俺も同じだ。あんなのは見たことがない。もしも当初の予定通り突っ込んでいたら……いや。きっとそれすらできず、恐怖で動けなくなってしまっていただろう。
覚悟が決まった。奴に向かって行っても、返り討ちにされるだけだ。跳ぶしかない。俺は右脚に力を込めて鍔を蹴り、枝に向かって手を伸ばした。
≪用語解説3……魔法≫
数千年前より人々の間で使用されてきた火、風、水、土の4属性からなる精霊魔法と、古代人の技術を土台に開発された光、闇の2属性からなる超常魔法に大別される。魔法を使えるかどうかは種族間の差が大きく、エルフは9割、ノームは8割、ヒューマンは5割、ドワーフは1割程度とされる。また、精霊魔法には高位魔法と称される、魔力を大量に消費して大規模な効果を作り出すものがあり、高位魔法を使える者を魔法使いと呼ぶ。