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鉱山公爵との対面

 クロイツ公爵家の屋敷は、バートリー家から馬車で半日ほど行った山の麓にあった。

 王都から離れているせいか、道中の景色はみるみるうちに鬱蒼とした森に変わり、切り立った岩肌があちこちに露出している。岩の色が独特だった。一般的な灰色の石灰岩ではなく、鉄分を含んだような赤みがかった茶色や、薄く光を反射する青みがかった層が、縞模様のように重なっている。

(地質が違う。この辺りの鉱脈は……)

 つい職業的な思考が走ったところで、父ダニエルが「そんな顔で行くな」と小声で釘を刺してきた。ソフィアはとっさに表情を整えた。


 屋敷の正門で出迎えた執事は、礼儀正しく丁寧だったが、どこか張り詰めた様子がある。そして屋敷の廊下を案内されながら、ソフィアはあることに気がついた。

 壁の根元に、石が生えていた。

 ごつごつした小さな結晶が、壁際の床石からぷつぷつと突き出している。色は薄い紫。石英に似ているが、見たことのない形状だ。使用人がせっせと削り取っているらしく、あちこちの床に粉末の痕跡が残っている。廊下の一角では、石工が黙々と壁の結晶を丁寧に剥がしていた。

(……本当に、石が生えている)

 父はやはり鉱石には興味を持たず、「もう少し家の管理は、どうにかしたほうがよさそうですな。やはり男手一つでは気がまわらない所があるだろう。そうそう、我が家は後妻をすぐに迎えたので華やかな生活を維持して⋯」と息をするように嫌味を発しながら、執事の後についてズンズンと足をすすめる。ソフィアは壁際の結晶を横目で観察しながら、脳内で分類を試みた。薄紫色、六方晶系と思われる柱状、透光性あり——アメジストに近いが、それにしては色が淡く、結晶の軸が長すぎる。既知の鉱物とは少し違う。


 案内された広間で、ソフィアは初めてエドワード・クロイツに会った。

 立ち上がって出迎えた彼は、想像していたよりずっと若く見えた。切れ長の目に、真面目そうな眉。黒みがかった茶色の髪。装いは地味だが、生地の質が良い。貴族にありがちな飾り立てた派手さとは対照的な、実務的な印象の男だった。

 背が高く、立ち姿に無駄がない。ただ、その端整な顔の奥に、何かを長いこと堪えてきたような疲労が、うっすらと滲んでいる。

 父ダニエルが外交的な笑顔で挨拶を始め、ひとしきり世間話が続いた。ソフィアはほとんど黙って座っていた。エドワードは礼儀正しく受け答えをしているが、広間の隅の床に小さな結晶が新たに顔を出すたびに、ごくわずかに視線がそちらへ動く。本人はできるだけ気づかれないようにしているが、ソフィアの目には見えていた。


 ひと通りの挨拶が終わり、父が「せっかくですから、公爵家の宝飾品類を見せていただけますか。いやあ、ミッドフォード家と縁がありましてね」とこれまた嫌味な笑顔を浮かべて申し出た。執事に案内されて部屋を出た父を、エドワードが見送ったところで、広間に残ったのはソフィアと彼の二人になった。


 沈黙が落ちた。


 エドワードは広間の隅に目をやり、わずかに眉を寄せる。ハンドサインで指示された使用人が飛んできて、床から突き出した新しい結晶にノミを当て始めるのを確認してから、彼はこちらに目線を戻した。

 その一連の動作に、慣れと諦めが同居していた。

 ソフィアは思わず口を開いた。

「……方解石ではなく、アメジスト系の何かでしょうか。あの結晶」

 エドワードが固まった。明らかに予想外の反応をされた、という顔だった。ソフィアも少し焦った。

「申し訳ございません、余計なことを。ただ、先ほどから廊下の結晶が気になっていて……六方晶系に見えたものですから、ついつい」

「……鉱物に詳しいのですか」

 彼の声は落ち着いていたが、どこかとげを抜かれたような響きがあった。

「炭鉱の管理をしておりますので、多少は。ただ、あの結晶は市場で流通しているものとは違う気がして。色味が独特ですね。あの薄い紫は、鉄とマンガンの微量混合で出ることがあるのですが……」

 言いながら、ソフィアは自分が饒舌になっていることに気づいて、少し引いた。

「……すみません、変なことを言いました。忘れてください」

「いいえ」

 エドワードが首を振った。今度は、貼り付けた笑顔ではなかった。

「誰に話しても、あの石のことは怖がられるか、気味悪がられるかのどちらかです。正面から鉱物の話をされたのは、初めてかもしれません」


 その言葉の重さを、ソフィアは静かに受け取った。


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