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7

 真っ白に燃え尽きた私の命は、幻想を見せてくれているのだろうか。


「そうだね。君には死んでもらうしかない」


 瞳に身が切れるほどの切なさを滲ませたジョシュアが、私の目の前に立っていた。


 彼が私に近づいた。

 ジョシュアが私の手首を掴んだ。


 ――つかまれて手首が痛い。さっきと同じだわ……ここで私は口付けを急にされるわ。


 ジョシュアは私を引き寄せて口付けをした。温かい唇の感触にハッとした。


「待って!リリアがここに来ているでしょう?」

 

 私はジョシュアに聞いた。ジョシュアはひどく驚いた顔をした。


「さっきリリアが飛び込んできて、私は短剣で刺されて死んだの。少し前に時間が戻っているわ」

「なんの話だ?」


 ジョシュアは困惑した表情で私を見つめた。


「今からリリアがドアの外に立って、話しかけてくるわ。そして間に合わないと言って部屋に飛び込んできて、私を見つけて逆上するわ。私はここから逃げないとリリアに殺されてしまう」


 私は一気にそう言って、ジョシュアから離れた。


 しかしまさにその時、部屋の扉を勢いよく叩く音がした。女性の声だ。


「早く出発しないとならないわ。夜までに都まで辿り着かないとならないのよっ!馬の準備はできたわ。今晩、バリイエル王朝の君主宣言をするには、今すぐに出発しないとならないのよ。」


 ――まずいわ。もうリリアが来てしまったわ。


「リリア、待ってくれ」


 ジョシュアは何かを感じたようだが、遅かった。


「待てないわよっ!」


 女性の怒鳴る声がした途端、ジョシュアの部屋のドアが乱暴に開けられた。同時に金髪のリリアが部屋に飛び込んできた。


「あんたっ!なにをしているの!?あの豚の女がなんでここにいるのよっ!」


 リリアは私に飛びかかってきた。さっきと同じだ。


「私があんたの男に何をされたのか知っているでしょっ!」


 リリアは猛烈な剣幕で私に平手打ちをし、短剣を取り出して鞘を抜き、私のドレスを引き裂いた。


「呪文を使うわ!ジョシュア!」


 私はジョシュアに叫んだ。ここで死んではたまらない。ジョシュアはハッとして一瞬記憶を探すような表情になったが、何のことか分かったようだ。


 私とジョシュアは同時に呪文を唱えた。


***

 私とジョシュアは同時に呪文を唱えた。


「ええっ!?」


 狂ったように私に突進してきたリリアが、短剣をふりかざして呆然と立ちすくんだ姿が目に入った。


 けれども、私の目線はやたらと低い。リリアが巨人のように大きく見えた。


 ――どういうことかしら?呪文を唱えたら、私が小さくなった?


 ジョシュアの部屋がとてつもなく広く大きくなったように感じる。家具も何もかも大きくなったようだ。


「どっちがどっちなのよ?あんたたち二人で何してるのよっ!」


 リリアが地団駄踏んでわめいた。


 リリアが叫ぶので、私は自分の横を見た。私の横には一匹の猫がいた。見たこともない太った猫だ。さっきまでは確かにこの部屋に猫はいなかった。私の目線は猫の高さとあまり変わらない。


 私は足元を見た。


 ――ええっ!


 ――何この手?しかも四つん這い?


 私は自分の手が獣の手に変わったことに気づいた。今、私は四つん這いになっているようだ。


「猫と狐のどっちがどっちだか、はっきりおっしゃいっ!」


 金髪を振り乱したリリアは、短剣を振り翳して脅すように私たちに叫んだ。リリアの目は真剣だ。私と隣の猫を狂ったように何度も見比べている。


 ――猫と狐?どういうこと?とにかく逃げなければ!


 私は先ほどリリアが飛び込んできた扉から一目散に外に飛び出した。


 ――この屋敷は知っているわ!グレース、逃げるのよっ!あっちが猫なら、私は狐よ。確かにリリアは『猫と狐のどっちがどっちだか』と言ったわ。ならば、私はおそらく狐の方だわ!


 脱兎の如く逃げる私の後を一匹の猫が猛然と追ってきた。


 ――ジョシュアだわ!追いかけてきても猫の状態で私を殺せるはずがないわ!甘く見ないでっ!


 私は必死に逃げた。転がるように屋敷の庭を走り去る狐と猫の姿を庭師や下僕が驚いたように見つめていた。


「うわっ!なんだよっ!」


 ぶつかりそうになった彼らは皆口々に驚きの声をあげて、避けてくれた。


 ―あの穴から外に出てここから逃げなければ!


 私はあの秘密の穴に向かった。子供の頃、飼い犬と迷い込んでジョシュアと仲良くなるきっかけになったあの穴だ。


 そのまま、秘密の穴まで辿り着き、塀の外に出ようと穴に飛び込んだ。猫のジョシュアがうなり声をあげて後を追ってくる。


 ――穴はまだあったわ。これで、この屋敷の外に逃げられる!


 私は穴を潜り抜けて塀の外に飛び出した。馬車道を走り、ノーキーフォットの森に入った。そこをもう少し行くと私の生家がある。広くて立派なフィッツクラレンス公爵家の別邸がある。


 私は必死で向かった。猫も追いかけてきた。疲れて走るのをやめると、猫も歩き始めた。どうやら猫のジョシュアは私を殺すつもりはなさそうだった。


 私たちは二人一緒にフィッツクラレンス公爵家の庭に忍び込んだ。


 庭をとぼとぼ歩いていると、使用人の皆がバタバタと慌てたように走り回っているのが見えた。


「お姉様は!?」


 妹のアメリアの叫び声がした。私は思わずそちらに走った。


「待ってグレース!君は今きつねだから、気をつけて!」


 太った猫が言った。ジョシュアの声だ。私は振り向いて立ち止まった。確かに今は私はきつねなのだろう。猫に頷いて、アメリアの声がした方に進んだ。


 慎重に洗濯物のシーツがはためくエリアを通り抜けた。私の侍女のエロイーズが泣きじゃくる姿が見えた。妹のアメリアの背中が見える。


「朝、私がグレース様のお部屋に行った時にはもうお姿が見えず……」


 エロイーズは皇太子暗殺と国王暗殺の知らせを受けて、私の姿を探して見えないので、急ぎ実家までやってきたらしかった。


 アメリアの背中は震えている。


「バリイエルに囚われたのでは?お父様とお母様が心配なさるようにお姉様ももしかして……!」


 アメリアは最後まで言葉を続けることが出来なかった。私の身に何かあったのではと心配して怯えて泣いているのだ。


 私は自分の前足を見た。きつねの足だ。


 ダメだわ。この姿では出て行けないわ。


 私は二人に無事を伝えたかったけれども、方法を思いつかなかった。


 私の想定では、呪文は命を救ってくれるはずだった。きつねと猫になるつもりはなかった。


 私はノーキーフォットの森の魔女の家を目指そうと引き返した。きびすを返して猛然と走った。けれども、しばらくして息を弾ませながら呆然と立ち尽くしていた。


 ――どうなっているの?


 私が目にしたものは、まるで想定と違っていた。見たこともない場所に私は自分が立っていることに気づいた。


 ノーキーフォットの森ではない。


 高い塔が立ち並ぶ街並みを一望できる高い山の開けた場所に、私は立ちすくんでいた。驚きのあまり腰が抜けそうになった。


 自分が狐になったところまでは無我夢中でなんとか処理できた。何より、自分が呪文を唱えたのだから。あの魔女に教えてもらった呪文を唱えてしまったのだから。


 ――でも、この場所は一体どこなのかしら?


 気づくと、私を追って穴を抜けたらしい猫も私の隣にやってきていた。猫になったジョシュアも無言で、息を切らして、ウロウロと周りを見渡していた。

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