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「覚えているわ。当時とあまり変わっていないのね」


 ジョシュアの部屋は子供時代の部屋からは変わっていたが、私が彼と一緒に初めてを経験した時からは変わっていないようだった。あの素晴らしい時間から、時が止まってしまったように感じる。けれども、現実には取り返しがつかないところまで私たちは来てしまっていた。彼が私にときめくことは、もう二度とない。私たちの関係はとっくに終わっていた。今は私が彼に殺されるところまで来てしまっている。


「ここで私を殺すのかしら?」


 震える小さな声で、私はジョシュアに尋ねた。


「そうだね。君には死んでもらうしかない」


 ――いま、一瞬だけ、ジョシュアの瞳に切なさが滲んだように思うのは気のせいだろうか?


 彼が私に近づいた。


 私は必死に考えた。抵抗すれば逃げられるだろうか。彼がすぐさま私の手首をつかんだ。私を見つめる彼の瞳が、窓から入る陽光を反射して光る。


 ――何?何をしようとしているの?もしや……?


「ジョシュアっ!」


ジョシュアが私の手首をつかんで私を引き寄せて、私の唇にキスをした。私は驚いて身じろぎをし、彼を押し退けようと抵抗した。ジョシュアの片方の手は私の首に後ろから手を回し、片方の手は私を掴んでジョシュアの背中まで回された。私はぴたりとジョシュアに体をつけることを余儀なくされた。


「これから君は死ぬんだ。俺に命乞いした方がいいと思うが」


 私は必死に振り解こうとした。死を予感する震えの中で、勝手に懐かしさとあの爆発するような素敵だった幸せな日々を思い出して、死を前にした恐怖とは違う甘い記憶が胸をよぎり、私は情けないことにおかしくなりそうだった。自分が獣になったような感覚にどこかで打ちひしがれ、恐怖とかつての記憶が呼び覚ます強烈な甘い記憶でおかしくなりそうだ。


「声を出すな。命令だ」


 ジョシュアは鋭い声で警告した。ジョシュアは私の腰をしっかりと掴み、私の顔をのぞきこんだ。ジョシュアの瞳は真剣だ。今まで私はこの瞳を夢で何度も思い出して泣いた。その瞳が目の前で煌めき、切なさと哀願にも似た声音が私の耳に暖かい息を吹きかけた。


「まだ生きていたいならば、俺を受け入れろ」


 私が恋した人。初めて恋した人。私が好きなのに裏切った人。私は自分のしでかした事に報復される。


 そのまま私は首に手をかけられた。声を出せない。彼は私を殺すのだろう。


 まさにその時、部屋の扉を勢いよく叩く音がした。女性の声だ。


「早く出発しないとならないわ。夜までに都まで辿り着かないとならないのよっ!馬の準備はできたわ。今晩、バリイエル王朝の君主宣言をするには、今すぐに出発しないとならないのよ。」


 ――そう。やはり、目の前のジョシュア・バウズザック・バリイエルがこの国の次の国王となるのね。


「リリア、待ってくれ」


 ジョシュアは私の手首をつかんだまま、部屋の向こうでドアを叩く女性に声をかけた。


 ――リリア?いま、ジョシュアはリリアと言ったわ。嘘でしょうっ!なぜ夫を殺したリリア・マクエナローズ・バリイエルがここにいるの?


 私の脳裏に一糸纏わぬ姿で夫ともつれあい、挙句に夫を殺し、『親子揃って女好きの腐った豚め』と吐き捨てるように言いながら、死んだ夫に唾を吐きかけた金髪の美しいリリアの姿が脳裏に浮かんだ。今朝、リリアは私の夫を(あや)めた。


 ――あの苛烈な女がここにいる?

 ――ちょっと待って?つまり、リリアが夫を殺して逃げるための荷車に私は乗り込んでいたということ?


 私はゾッとした。今朝方皇太子殺害現場にいた私とリリアが、偶然にも同時刻にジョシュアの館にいるという事実から、私は真実を悟ってしまった。確かに、荷車の御者は女だった。荷車の馬を(なだ)めている声は女の声だった。


 ――あれは、リリアの声だったのね?私は彼女が現場から逃走するために使った荷車に乗り合わせていたのだわ。なんてこと……!


「待てないわよっ!」


 女性の怒鳴る声がした途端、ジョシュアの部屋のドアが乱暴に開けられた。同時に金髪のリリアが部屋に飛び込んできた。今朝私が見た時とは違ってリリアは服を着ていた。男性のような格好だけれども、確かにリリアに間違いない。


「あんたっ!なにをしているの!?」


 リリアはジョシュアに手首をつかまれた私を見るなり、絶叫するように叫んだ。目を見開き、驚愕した表情で私を睨んでいる。


「この女!あの豚の女がなんでここにいるのよっ!」


 リリアは私に飛びかかってきた。


「私があんたの男に何をされたのか知っているでしょっ!」


 リリアは猛烈な剣幕で私に平手打ちをし、短剣を取り出して鞘を抜き、私のドレスを引き裂いた。


 私のドレスは引き裂かれた。私は必死に逃げようとして、ドアの方に身をよじった。見えていようがいまいがどうでも良かった。私だってリリアの一糸纏わぬ姿を既に見ている。リリアはキラリと刃を煌めかせて突進してきた。


「望まぬ相手に触れられるって死ぬほど反吐が出ることなのよっ!」


 ――殺されるっ!


「やめろっ!リリア!」


 ジョシュアが叫んで、リリアの突進を阻もうとした。私も逃げようとした。ジョシュアがリリアの体をつかみ、飛びかかったリリアの短剣の先が私の体に触れた。

私の体に触れた。


 私は心臓を刺されて床に倒れた。強烈な痛みが襲う。体が動かなくなった。ジョシュアの泣き叫ぶ声がする。

 

 意識が遠のき、視界がぼんやりと薄れた。何もかもが真っ白になり、やがて私は息絶えた。



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