5
「グレース。なぜ君がここにいる?」
ジュシュアは鋭い目つきで私にささやいた。
ジョシュアを久しぶりに見た私の心拍数は危険なほど上がっていた。かつて彼を愛して裏切った自分の過去から、罪の償いをするよう要求されているのだと感じた。人を裏切る罪を犯したので、私は殺されるのかもしれない。
輝くような美貌のジョシュアが困惑と怒りの表情を浮かべて私を見つめている今の状況が、いたたまれない。
「に……に……逃げようとして荷車に乗ったら、ここについていたのです」
私は観念して正直に伝えた。よりにもよってジョシュアに捕まったのなら、万事休すだ。
「荷車?もしかして、皇太子の別荘からここまで荷車に乗ってきたということか?」
「そうです」
「君はあの別荘にいたということか?なぜあの別荘にノア皇太子の妻である君がいたのか理解できない……君はノア皇太子が殺される現場を見たということか?」
「はい」
私はうなだれて、ジョシュアの疑問を肯定した。
ジョシュアは私の目を見つめた。ジョシュアの目の奥で何かが煌めいた。私は脅えた気持ちのまま、後ずさった。
「どちらにせよ君にも死んでもらうしかない」
「……」
体の震えが止まらない。私は死を覚悟したが、彼を説得できることはないのか必死で考えた。
――彼が私を殺すことを止める方法はないかしら?
――ここで一思いにジョシュアに殺されるとしても、涙を流してはダメ。潔くなければ。でもまだ諦めてもダメよ。グレース、よく考えるのよ。
私は頬を伝う涙をこらえて、小さくうなずいた。足が震える。手が震える。唇も震える。この恐怖は、ジョシュアの覚悟に対するものなのか。自分がしてしまった過去の罪に対する償いを強いられていると、ひしひしと感じることに対するものなのか。
「ひとまずこっちに来い」
ジョシュアは私の腕を乱暴に掴み、そのまま藪から引きずり出した。そして、ずんずんと庭を歩き始めた。歩きながら絶え間なく辺りを伺っている。
「どこへ?」
「黙れ」
私は冷たい声で一蹴されて、黙り込んだ。麻袋に隠れて荷車の荷台に乗っていた時間は、結局無駄だったのだ。こうして政敵につかまったのだから。しかも次の王朝の君主たるその人に捕まったのだから。
――殺される前に、一言ジョシュアに伝えよう。私はあなたを応援すると。私がノア皇太子と結婚したのは間違いだったと。呆れるほどみっともない自分に嫌気がさす。私は信じられないほどとんでもない女だわ……そんなのわかっている。でも、それとジョシュアを応援する気持ちは別だわ。
私は子供の頃にジョシュアに案内された秘密の裏扉から、館に連れ込まれた。
――となると、彼の部屋に行くということね。
私は子供の頃に、やはりこの秘密の裏扉からジョシュアの部屋に案内されたことがある。数年後、私のファーストキスを奪われた部屋だ。私が初めての全てを経験した部屋。
眠れない夜に幾度も思い出した部屋。甘美で切ない記憶と共に、めくるめく夜と昼を体験した部屋。私が真の意味で恋する女性になった部屋だった。
――こんなことがあるの?私はあの部屋で殺されるのだわ。
私はジョシュアに腕をつかまれて引きずられるように連れて行かれながら、身震いした。ジョシュアが何を考えているのか分からなかったが、自分の死へのカウントダウンが始まっていることは分かっていた。
「覚えているだろ」
ジョシュアは私を自分の部屋に引き摺り込むと、私をなじるように言った。ジョシュアの瞳に影がかかったような暗さが滲み、ハッとするような美貌に凄みが増していた。