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3

 もの思いに耽っていると、やがてガタゴト進んでいた荷車が停まった。


 どこかの屋敷の裏門らしかった。バタバタと門が開けられて、ゆっくりと荷車が進んだ。私は固唾を飲んで、誰かが荷台に手を伸ばす瞬間をひたすら恐れていた。


 しかし、そのまま荷車の荷台をのぞき込む者もなく、荷車は静かに屋敷の中に入っていった。


 荷車は馬屋の中に止められたようだった。近くで数頭の馬のいななきと、足踏みする音が聞こえたから。そのまま、荷車の御者台から誰かが降りた音がして、手綱を取って馬を移動させる音がした。


 小声で馬を(ねぎら)っているのか、ささやくような声が聞こえる。


 ――女?


 私の予想に反して、荷車の御者は女だったようだ。声が男性のものではなく女性の声だ。


 その誰かは、馬を休ませると馬屋の扉を閉めて静かに出て行った。


 私はそのまま待った。人の気配がしないことを耳を澄ませて感じとろうとした。


 ――誰もいないようだわ。今のうちにここから逃げるのよ。



 私は勇気を出して麻袋の縁を広げて目を凝らした。薄暗い荷台の淵板が見えるだけで他は何も見えない。馬の息遣いが聞こえるだけだ。


 そのまま袋から頭をそっと出した。目が慣れてくると、馬屋の隙間からぼんやりと入る日の明かりで、荷台に置かれた麻袋が見えた。ジャガイモが転がり出ているのが私の目に入った。私はゆっくり麻袋から這い出した。


 はいでた麻袋を元あった場所に置き、私がここにいた痕跡を無くそうとした。私はそのまま荷台からそっと降りた。荷車の前には乾いた藁の山があり、もしも今晩身を隠せるところが見つからなければ、ここに戻ってきてこの藁の山に隠れて寝ようと考えた。


 ――いけない。お手洗いを借りたいわ。


 私は緊張が緩み、急に張り詰めていたものが少し解けて、生理現象を感じた。考えてみればずっと荷台に乗っていたのだ。皇太子妃になってから、侍女を従えずに行動したのは初めてのことだった。逃走中の私は、何もかも自分一人で解決しなければならない。


 私はそっと馬屋の扉に近づき、外の気配を感じようとした。何も聞こえない。聞こえるのは、鳥の(さえず)りと、馬屋の中にいる馬たちの息遣いだけだ。


 そっと馬屋の扉を開けた。目を()らす。ここは庭園の外れのようだ。私はそのまま身を滑らせるように扉から馬屋の外に出た。その瞬間に、ぎくりとして固まった。


 ――ここはよく知っている……!


 私は衝撃と懐かしさで体を震わせた。


 ――ここは子供の頃に遊び、皇太子妃に選出される少し前まで来ていた屋敷だ。私がここに来たことがあるのは、秘密だったけれども。 


 そのことを知っているのは死んだ夫の皇太子以外には、一人しかいない。私の家族ですら知らない秘密だった。夫と、もう一人と、私の三人だけの秘密だった。


 ――ここにはいれないわ。すぐに逃げ出さなけれれば。ここは、バリイエルの後継者の生家……!

 

 私は恐怖のあまり、頭を殴られたような衝撃を覚えた。息が苦しくなった。 


 政敵の屋敷に自分が迷い込んだことを悟った私は、とんでもない事態に愕然とした。都から遠く離れて逃走したつもりが、奇しくも敵の懐の中に入り込んでしまっていたようだ。どういうことなのかはよくわからないが、荷台の御者はただの農夫ではなく、クーデーターを起こした側の人間だったということになる。


 ――私は敵の移動手段を使って都を離れた?敵と共に?


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