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第八騎士団の朝

 第三皇女ミラと第八騎士団の朝は早い。


 ミラは十七歳だ。ミラの姉の第一皇女から狙われた命を助けてもらい、豪華絢爛な大聖堂を維持できるようにしてもらった今は、金塊の契約を果たすために頑張らなければならない。


 けれども今は金塊の契約を果たすどころか、金塊は一つも手に入らず、至極貧乏だった。パンすら買えない時もあった。


 こちらの世界で働き始めて、既にこの生活を続けて一年になっていた。第三皇女ミラは生きていて元気だったし、第八騎士団のメンバーも元気で大聖堂も無事なので、文句の言いようはない。けれども……。


 山合宿の第一日目の朝。外では鳥が囀り、実に爽やかな山奥の朝を迎えていた。パン焼き窯もない山合宿は、朝食が一番気になることだった。


「 今日の朝当番は誰なのでしょう?」

「メロンです」

「あ……メロンかぁ」

「なんですか。その残念そうな言い方は」

「なんとなく」


 一同はあくびをしながら、寝起きのままで食堂に向かった。異世界から出稼ぎにやってきて一年。こちらの世界であっという間に世界的バンドに成長した第三皇女と第八騎士団は、明後日からワールドツアーに出かけるところだった。しかし、まだまだ金塊の契約を果たすところまでは稼いでいなかった。


 昨晩紹介された新メンバー二人も一緒に食堂に向かっている。良夜には、新メンバーはグレース夫人とジョシュア当主と紹介された。二人とも信じられないほどとびきり美しかった。


 ――ビジュアル担当で決まりでしょうか。


 ――このカリスマ性溢れる美貌……間違いないわ。バンドを大スターに押し上げてくれそう……


 ――二人とも育ちが良さそうですわね。これだけ気品溢れる美貌はなかなかお目にかかれないわ。

 

 二人の新メンバーを見た第八騎士団の心の声はこのようなものだったけれども、誰も口には出さなかった。金塊の契約の厳しさは身にしみているので、少しだけの憐憫を感じてしまって、遠慮なく感想を述べることは憚られたのだ。


 メロンは、昨晩は二人の担当を言わなかったが、カリスマ性溢れる美貌を見た第八騎士団と第三皇女ミラは、二人はボーカル担当だとピンと来ていた。歌の才能は、もしも魔力があるならこの世界ではなんとかなりそうだから。時々アメジストのように輝く瞳からして、二人には魔力はありそうだった。


「メロン、これは何ですかっ!?」


 テーブルに並んだ品を見て、アイラが呆然とした様子で言った。


「雑草にマヨネーズをかけたものです。みんな全員一致でマヨラーでしょ」


「『みんなマヨラーでしょ』で一括りにしないでくれる?しかも雑草ってなんですかっ!」

「だって…ぷっ…みんな、たぬき?狐?猫?猪だから?」


「自分で言って、半笑いで文末に疑問符つけないでくださいっ!たぬき、狐、猫、猪だったら、雑草にマヨネーズが朝食なんですかあっ?」


 オリヴィアは怒り心頭の様子で怒った。オリヴィアは今は確かに寝起きなのでたぬきなのだけれども、本当はとても美しくて若い女性だ。


「一応、狐の分際で言わせていただきますけど」


 狐のアイラがアイドルアイドルしいフリルのパジャマ姿で、口を挟んだ。


「狐さん。はい、どうぞ」


 メロンはハーバード大卒というものだと聞かされている。元NASA勤務というものらしかったけれども、第三皇女ミラと第八騎士団のメンバーからすると意味不明だった。一応メロン自身が解説してくれたところによると、ものすごく頭が良いらしかった。しかし、常人には理解できない飛び抜けた感覚を持っているようで、時々ついていけない。円深帝と金塊の契約を交わしたらしいが、良夜ですら彼女のことを少々変わっているとこっそりメンバーに言っていた。


 アイラは、寝起きの狐の姿から美しい女性の姿に戻ってメロンに抗議を始めた。


「マヨネーズはこの世界では正義でしょうけれども、私の世界ではそうではありません。百歩譲っても、朝食に雑草は失礼なのではないでしょうか」


「ここは山小屋ですよ。山の麓の地元のスーパーで買えたのはマヨネーズだけなの。今は所持金200円もないの。ワールドツアーには飛行機代も宿代もかかるのです。第八騎士団の皆さんと皇女ミラさん。雑草と言っても食べられる草で野菜と変わらないですよ」


 メロンの主張に一同はうなだれた。つまり、貧乏過ぎてしまって、それは皇女ミラと第八騎士団の金塊の契約の果たし具合が不十分だということになり、単純にお金がないので朝食が雑草という理屈になるということ。


 ――ありがたいわ。マヨネーズだけでも……。


 そんな空気が皇女ミラと第八騎士団の間に漂った。皆は大人しく食事の席についた。


 この状況をあっけに取られて隅から眺めていたグレースとジョシュアも、皆にならってテーブルについた。マヨラーとかマヨネーズとか、知らない言葉が飛び交っているけれども、ひどくお腹は空いているのだ。考えてみると、昨晩はここに案内された時に分けてもらったパン一つしか食べていなかった。


「夕暮れ時に自分の世界に帰れるでしょう?そこでたくさん食べてくるのですよ」


 小声で皇女ミラに言われて、グレースとジョシュアはそういうことかとうなずいた。


 ――そうしよう!

 ――分かったわ。食料は夕暮れ時に自分の世界で手に入れるのね。


 グレースとジョシュアはルールを一つ覚えたと思った。ここのルールを早く理解して、金塊の契約を果たさければならない。


「意外と美味しい!」

「でしょう?」

「いけますわっ!」

「ほらあぁ、言った通りでしょう」


 メロンと皇女ミラと第八騎士団の賑やかな声が朝食の席に響いた。


 楽しそうではあるものの、とんでもない世界にやってきたジョシュアとグレースであった。君主宣言を一緒にして口付けをしたことなど遠い記憶になりそうだった。




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