表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/65

2

 ――隠れなければ。


 焦った私は、荷車においてあった空の麻袋に潜り込んだ。穀物を入れるための袋が数枚余っていたようで、荷車の端においてあったのだ。


 麻袋の中に隠れて半刻もしないうちに、大勢の馬に乗った軍勢が別荘の方向に向かって行った。彼らはそこでクーデーターの成功を知ってしまうのだろう。国王が殺されてしまったことを知り、急ぎ王太子を守りに駆けつけたのだろうが、時既に遅しの状態だったのだ。


 ゆっくり、ゆっくりと荷車が動き出しだのはその時だ。別荘の方向とは逆方向に荷車は動き出した。いつの間にか、荷車の御者が戻ってきたようだったが、私にはいつ彼が戻ってきたのか分からなかった。軍勢が通り過ぎる音に私が気を取られている間に、荷車の持ち主の農夫が戻ってきて、乗り込んだのかもしれない。


 私が別荘まで乗ってきた馬車の御者には、私が戻らなかった場合は身を隠すようにと伝えてあった。彼らがうまくやってくれれば、クーデーターが成功した現場に私も居合わせた証拠はどこにもなくなるはずだ。今頃、敵対勢力は、都のお城の周辺で、私の姿を血眼(ちまなこ)になって探しているだろう。


 ――お願い。このまま都から誰にも気づかれずに離れることに、神様、力を貸して!


 私は神に祈った。


 私の魔力は封印されている。私にわずかな魔力があることを知っているのは一人だけ。私が初めて愛を誓った相手だけ。私が初めて愛を誓った相手は、夫ではないことを亡くなった夫は知っていた。けれども私には魔力があり、その魔力が封印されていることを死んだ夫は知らなかった。


 身を守るための魔力を解放するには、初恋の相手と会わなければならない。けれどもそれは出来ない。


 ――理由は……今はそんなことを初恋の相手に言えるわけがないわ。


 私の夫は皇太子。

 今から数週間前のことだ。どうしようもなく夫が入れ込んでしまっている夫の愛人リリアを、仕方なく側妃にしようと私は考えた。そこで、愛人リリアの生い立ちを密偵に調べさせた。


 夫にはすでに側妃が七人いる。子は一人もいない。夫は私に魅力がないと私には近づかない。世継ぎ誕生のために私は身元の確かな女性を側妃に引き上げていく必要があった。


 そして昨晩、私は思わぬ真実に気づいてしまったのだ。愛人リリアは反対勢力の一門の出だった。


 ――まずいわっ!このままクーデーターを起こされようとしているかもしれない……。


 つまり、私の夫の皇太子は、金髪で麗しい瞳と体を持つ彼女に見事に騙されていたということだ。彼女はバリイエル王朝一門の娘で、バリイエル王朝は夫のチュゴアート王朝の敵対勢力だ。私の夫は、護衛もつけずに無防備な状態で敵の一味に接近させ、いつ寝首をかかれてもおかしくない危険な状態に、敢えて自らの身を置いていたということになる。


――今まで無事だったのが不思議なくらいだわ。


 愛人リリアにゾッコンだった夫が知っていたことは、せいぜい彼女の名前がリリアだということぐらいかもしれない。夫はつける薬などおよそない女たらしだったのだから。


 もしも夫が皇太子でなかったら、夫は穀潰(ごくつぶ)しとなじられる存在だったかもしれない。リジーフォード宮殿の国王の息子は、まともに働きもせず、女をたらしこむことだけには天才的な才能を持っているような男性だった。


 この状況は、敵の計略にはまっていることを意味した。謀略というべきか。政権転覆が起こり得る計画が密かに遂行されていることを昨晩遅くに私は理解したのだ。


 ――チュゴアート王朝の失墜が今まさに起きんとしているわ……


 よく考えてみたが、皇太子妃である私ができることは一つだった。夫への警告しかない。リリアがこれほど夫に接近できたということは、皇太子の側近の誰かが敵対勢力に飲み込まれている可能性があった。誰にも知られずに、夫に警告する方法は、私が単独行動で夫に密かに警告するしかなかった。


 そこで、今朝早くのこと。私は愛人リリアの正体を夫に知らせようと、夫の秘密の別荘に押しかけた。場所は夫がいつも不倫の場に使っている別荘で、夫がわずかな従者を連れて女性を連れ込む別荘だ。


 リジーフォード宮殿から少し離れた北の田園地帯の丘の麓にあり、目の前が丘で後ろが小さな山に挟まれた美しい別荘だ。今朝の明け方の青白い空には月が残り、太陽が昇る直前の澄み渡った空気に満ちていた。人っこ一人いない道を一人で歩き、わずかな護衛が立つだけの美しい別荘に私は静かにこっそり身を潜めていた。


 そっと別荘の寝室に踏み込んだところ、私は夫と愛人の激しい情事の最中に遭遇してしまった。

 

 ――なんなの。この二人激しいわ。


 身震いして物陰で躊躇してしまったところ、愛人にあっけなく夫を殺されてしまったのが事の顛末だ。夫はそもそも最初から両手の自由を奪われていたようだ。変態夫のやりそうなことなので、それについて私は考えたくない。

 

 これでクーデーターによって君主と後継者を失ったチュゴアート王朝は、バリイエル王朝に乗っ取られることが決定的となった。


 バリエル王朝の若き君主は……ジョシュア・バウズザック・バリイエル。彼が王に即位するだろう。


 ――あぁ、つかまれば、私は彼の面前で殺されるか、彼に殺されるか……


 そこまで麻袋の中で考えた私は、恐怖で体が固まった。


 私は反対勢力が城の周りに集中して捜索している間に都を離れて、できるだけ遠くまで逃げ切ろうと心に決めた。


 ――このまま追っ手に見つかならいところまで逃げ切らなければ。


 義父と夫が亡くなれば、チュゴアート王朝の王位継承者はいなくなる。急ぎ誰かを継承者に仕立てようにも、すぐには適切な者が見当たらない状況だった。


 今のチェゴアートでバリイエルの後継者であるジョシュアより王者に相応しい人物……。そんな人物は一門を広く見渡してもいない。


 やはり、今晩にでもバリイエルが完全に政権を握るとみて間違いない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ