07、神官長の私邸に乗り込みます!
神官長の私邸は瀟洒な二階建ての屋敷だった。メイドが雇われてはいたが、住み込みらしき者は一人しか見当たらない上、室内装飾も華美というほどではない。
「贅沢な美術品など見当たりませんな」
「家具もたいしたものではないし」
大蔵卿ともう一人の法衣貴族は首をかしげながら、玄関を入ってすぐのホールを見回していた。
「邸内を調べさせていただく」
騎士団長が重々しい声で告げた。
「神官長、案内してもらえるな?」
「はい、はい、もちろんでございます」
禿げ頭をへこへこと下げる神官長には、私に見せていた仮そめの威厳など、剥がれ落ちて欠片も残ってはいない。
騎士団長は部下の騎士に部屋の扉を開けさせ、中を改める。
「たいした絵画が飾ってあるわけでもないな」
「名匠の手による楽器があったりもしない」
騎士団長と大蔵卿のつぶやきに、神官長はにやついた顔を見せた。
「何も怪しいものは御座いませんでしょう?」
騎士団長と大蔵卿は物を買って散財した線を予想しているようだが実際は、形の残らぬものに使ってしまったということだろう。神官長はいつも王都にいて物見遊山の趣味もなかったし―― 賭け事とか? それとも誰かへの贈り物?
贈り物なら購入した際の領収書が残っているかもしれない。賭け事の場合も使った金額を記した手帳など、ありはしないだろうか?
「神官長、書斎に案内していただけますか?」
私の静かな問いかけに、彼の両肩がビクッと跳ね上がった。
「なぜじゃ? 書斎はわしのプライベートな空間じゃ。お前が立ち入ることは許さん」
私に対しては上司の顔に戻る神官長。
しかし騎士団長が左手をさりげなく剣の鍔際に添えて、
「案内しろ。ミランダ嬢のお言葉は宰相様の命令と心得よ」
有無を言わさぬ圧力をかけると、
「はい、はい、今すぐに!」
神官長はそそくさと階段の方へ私たちを案内した。
二階に上って廊下を歩いた突き当たりが、彼の書斎だった。
「何もありませんでしょう?」
うしろから猫なで声が聞こえる。
「怪しい書類を隠していないか、徹底的に調べろ」
騎士団長が部下に命じると、騎士たちが手当たり次第に本棚からものを引っ張り出し、見分し始めた。
「やめて下され!」
書斎を一瞬でカオスにされて泣き声を出す神官長。確かにこれは可哀想だし、闇雲に探すのは効率が悪いわ。
「大切な書類なら、鍵をかけてしまっているんじゃないかしら?」
私の言葉に若い法衣貴族が、
「では机の引き出しを調べましょう」
「そこには何もないっ!」
神官長の悲鳴のような声が響いて、騎士たちの動きが止まった。
「どうやら机の引き出しらしいぞ?」
彼らは本棚を散らかすのをやめ、机に向き直る。
うーん、神官長、分かりやす過ぎね。
鍵がかかっていたのは、一番上の平たい引き出しだけだった。
「鍵を渡しなさい」
騎士団長の声にこもる圧力は、鋭利な刃物を首元に突きつけるかのよう。
神官長は震える両手で首にかけていた鍵を外し、騎士団長に手渡した。
「これだから聡い女は嫌いじゃ……」
しっかり私への呪詛をつぶやきながら。
「ミランダ嬢、どうぞ」
騎士団長が私に古びた鍵を渡してくれた。
引き出しの鍵穴に差し込み、回す。重い木の引き出しを開けると、紙ばさみがいくつか入っていた。
すべて机の上に広げ、内容を確認する。
「これは領収書ですね」
私は紙の束を確認しながら、
「毎月五十万ギリーを研究費用として、オベルト・ドゥンケルという人物に支払っていたようです」
一枚一枚めくっていくと、たまに追加で材料費を請求されているのが分かる。
「ミランダ嬢、オベルト・ドゥンケルという名前には聞き覚えがあります」
騎士団長が髭をなでながら虚空をにらんでいる。
「私がまだ騎士団に入って間もない頃、詐欺罪で捕まったことのある魔術師ではないかと」
「詐欺罪!?」
聞き返したのは神官長。
「この人、だまされていたのですか?」
あきれ返る私。
「かっきり三年分ありますね」
大蔵卿が書類の日付を確認している。
私は神官長を真っすぐ見つめた。
「一体どのような理由で、これほどの大金を怪しい魔術師に支払っていたのですか?」
「研究費用として融資していたのじゃ」
目をそらす神官長に、なおも詰め寄る。
「ええ、領収書にも『研究費用として』と明記されていますものね。魔術師ドゥンケルは何を研究していたのですか?」
だんまりを決め込む神官長。
私はもう一度、書類の束をめくった。
「時々追加で融資しているときは『薬草代として』と書かれています。魔法薬の研究でしょうか?」
「ミランダよ、得意のマクロとやらで当ててみてはどうかね?」
神官長は不敵な笑みを私に向けた。
神官長の挑発に、ミラはどう答える!?
次回『神官長の隠し事』で明らかになります!