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14、恋にマクロは組めない

「せっかく十七年ぶりに再会できたというのに、愛する娘をまた手放さなければならないのか?」


 先ほどまでの威厳はどこへやら、泣き出しそうな顔をするお父様を横目でちらりと見て、お母様はあきれたように小さなため息をついた。


「ミロスラーヴァを何年も王宮に閉じ込めておくつもりでもないでしょうに」


「お父上様、なるべく会いに参りますわ!」


 実の父親とはいえ昨日会ったばかりの私としてはむしろ緊張してしまうので、そんな頻繁にお会いしたいわけでもないのだが、こうも悲しまれては同情してしまう。


「ナティアン国王陛下」


 うやうやしく声をかけたのはアルド様だった。


「ミロスラーヴァ王女は必ず私が幸せにすると誓います。いつでも心から愛し、聡明な彼女が生き生きと力を発揮できるように、環境を整える役目を(にな)います」


「うむ」


 国王の顔に戻って、お父様は重々しくうなずいた。


「貴殿を信じて娘をあずけよう。万一ミロスラーヴァが泣いてわが国に戻ってくるようなことがあったら、ナティアン軍を率いてお前の首を取りに行くからな? ハハハ」


 冗談めかして笑い声をあげたお父様だが、その目はちっとも笑っていない。


 いつも余裕しゃくしゃくのアルド様も、さすがに頬を引きつらせ、


「存じ上げております! 彼女を悲しませるようなことは致しません!」


 誓願を立てさせられた。


「わが娘ミロスラーヴァよ」


 お父様は打って変わって優しいまなざしで私を見つめた。


「そなたの真剣さはよく分かった。二人の婚約を心から祝福し、折りを見て正式に発表しよう」




 そしてコルトー王国への帰り道――


 馬車に揺られて行きと同じはずの森を眺めながら、私はお母様の憑き物が落ちたかのようなすっきりとした表情を思い出していた。


「当然よね」


 ぽつりとつぶやく。


 貴族社会に疎い私もようやく気が付いたのだ。二人は親として私の帰還を喜んで下さったけれど、国王夫妻としては十七年も経って現れた王女の処遇に困っていたのだと。


「ミラ王女、気落ちしている? それとも疲れたかい?」


 向かいに座ったアルド様が心配顔でのぞきこむ。


 彼はこの展開を予想していたのだろう。両親と話す前の晩、作戦会議をした折り、彼は言っていた。私たちの婚約に、ナティアン国王夫妻が反対する理由はないはずだと。


 ――確かに僕の身分はコルトー国王の臣下です。ハインミュラー侯爵家は由緒正しい名家とはいえ王族と血縁関係はない。問題があるとすればその一点だが、おそらく国王夫妻は僕たちの婚約を受け入れてくれるでしょう。


 その理由を尋ねた私に、アルド様は言葉を(にご)してしまわれた。今思えば、それは彼の優しさだったのだ。


「ありがとう、アルド様」


 澄んだ瞳を見つめて真っすぐ伝えると、彼は少し驚いたようにほほ笑んだ。


「今日の宿泊地まではまだ時間がかかる。ミラ王女、僕に寄りかかって休むとよい」


 向かいに座っていたアルド様が、揺れる馬車の中で私のとなりに移動する。片腕でそっと抱き寄せられて彼の体温を感じながら、私は満ち足りた気持ちで目を閉じた。




 十日後コルトー王宮、王の執務室にて――


「アルド、お前がようやく婚約する気になったとは!」


 コルトー国王は、大きな執務机の向こうで満面の笑みを浮かべておられる。


 首は動かさずに目線だけ隣のアルド様に向けると、彼は苦笑している。「ようやく」と言われるほどの歳ではないと、胸の内で反論しているのだろう。確かに貴族男性は貴族女性より晩婚だが、かといって婚約者すらいなかったのは、ちょっと珍しいのではないかしら?


「お前はいつも縁談を断ってしまうから、その優秀な頭脳を残すつもりがないのかと残念に思っておったのじゃ」


 あら、そんなことがあったとは知らなかったわ。


 国王陛下の執務室を退出してから、私はアルド様に尋ねた。


「今までいくつも縁談を断っていらっしゃったのですか?」


「気の合う人がいなくてね。急ぐ必要もないだろう? それに僕の末の弟はまだ八歳だけど、僕の子供の頃とよく似ていて賢いんだ。侯爵位は彼が継いでもよいと思っていたから」


 彼によると、ハインミュラー侯爵家の身分に魅力を感じる令嬢、アルド様の功績や美しい容姿に惹かれる令嬢ばかりで、これまで婚約したいと思う女性に巡り合わなかったとのこと。


「きっと神様が、僕の前にミラ王女という運命の人が現れるまで、よい縁談が来ないように操作して下さったのさ」


 冗談なのか本気なのか、彼は屈託のない笑顔を見せた。


 恋愛の話になった途端、洒落た返しが思いつかなくなる私は、


「さ、仕事仕事」


 すたすたと王宮の回廊を歩く。長い脚で優雅に歩を進めるアルド様が、ふと大理石の円柱から中庭を見やった。


「ごらん、ミラ。蝶たちも愛し合っているようだ」


 彼が指さす方、初夏の日差しの中で二匹の蝶が絡み合いながら舞っていた。ナティアン王国へ向かう馬車の中から眺めた景色を思い出す。


「植物も動物も恋の季節かしら」


 らしくないことを言う私の肩を、アルド様がそっと抱いた。


「僕たちの情熱には、季節なんて関係ないけれどね」


 彼の熱い吐息が、私の耳たぶをくすぐる。


 降り注ぐ陽光も咲き乱れる花々も私たちの想いも、魔術式やマクロには収まらないもの。計算できないからこそ魅惑的なのね。


 言葉で表すには大きすぎる気持ちを抱えて、私は初夏の日差しに目を細めながら、愛する人に笑顔を向けた。


 ――完――

最後までお読み下さりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 サクサク読めて勢いに乗って行ける感じでした。 分量もちょうどよかったです。
[良い点] 完結おめでとうございます!最終回タイトルが神懸っておる!! 実娘ミロスラーヴァの帰還はナティアン国王夫妻には嬉しくもあったけど同時に扱いに困るというもの。 確かに王位継承権の問題で波風立…
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