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13、国王夫妻を説得しよう!

「ミラ王女、あなたに結婚を申し込みたい」


 ひざまずいたアルド様が、上目遣いに私を見つめた。カールした長いまつ毛に縁どられた碧眼が、私をとらえて離さない。


 あなたのことを上司以上に想っていたと気付いた途端、こんな展開! どう答えていいか分からないわ!


 アルド様はふと目を伏せた。


「本当はもっと時間をかけたかったんだ。あなたの気持ちを置き去りにして申し訳なく思う」


 それからもう一度、強いまなざしで私を見つめた。


「だがあなたが王女である以上、政略結婚が決まってしまう前に、僕の気持ちをお伝えしたかった」


「アルド様――」


 優秀だと誉めそやされたミランダ嬢はどこへやら、私は彼の名を口にするのが精一杯だった。


「僕はあなたをナティアン王国になんて――、いやほかの男のところに行かせたくない!」


 彼は情熱に浮かされたように、膝の上に置いた私の手を両手で包んだ。暖かくて大きな、私を安心させるような手のひらで。


「初め僕は、あなたの有能さに惹かれているだけだった。でも仕事に熱中しているときの真剣な横顔が素敵だと思い始め、そのうちいつも前向きな人柄に憧れるようになった。いつの間にかあなたを愛していたのです」


 そんな情熱的に語られたら、私の頭は余計に動かなくなってしまう! ああ恋愛って、マクロじゃ処理できないのね……


「アルド様のお申し出、お受け致しますわ」


 私は全身の力を振り絞って、その短いフレーズを口にした。それなのに一言ずつ魂が抜けていくみたいに、私の声はか細かったのだ。


「本当か!?」


 アルド様は私が隣国の王女だなんて忘れてしまったのだろう。立ち上がってソファに座り直すと、私をひしと抱いた。


「決して離さないよ、僕のミラ――」


 なんて力強い腕、どうしてこんなに熱いのかしら。


「二人で知恵をしぼって、僕たちの未来を勝ち取ろう!」


「ええ、そうしましょう」


 だけど私たち、恋をすると二人ともお馬鹿さんになってしまうみたいね? 視界の端で喜びの舞を踊っているエマを見ながら、私は幸せなため息をついた。




 翌日、私は侍女エマに頼んでもう一度、父親であるナティアン国王陛下とお話しする場を設けてもらった。


 エマが陛下の侍従に話を通すと両親はすぐに私の願いを受け入れてくれ、その日の午後、よく手入れされた中庭の見える部屋で顔を合わせることとなった。


 面会の希望がすぐに叶えられて、私は胸をなで下ろしていた。私たちコルトー王国一行は、ナティアン国王陛下から好きなだけ逗留してよいと言われていたが、お忙しいアルド様は長居できないのだ。


 でもやっぱり、こういう話は二人そろっていないと、ね?


「お父上様、お母上様、どうか私とアルド・ハインミュラー侯爵様の婚約をお許しください」


 季節の花の話題と茶葉の種類の話が終わったところで、私は早々に切り出した。


 予想していたことだが、ナティアン国王――お父様は目を見開いて言葉を失った。


 だが意外だったのは――


「ハインミュラー侯爵なら、あなたのこともよくご存知だから安心ね」


 王妃様――お母様は憑き物が落ちたようにすっきりとした微笑で答えたのだ。


 ありがたい方向に出鼻をくじかれた私は、お父様に向きなおり説得を開始した。


「ハインミュラー侯爵様はコルトー国王の宰相を務めるお方です。彼の相談役としてコルトー国内の情勢に明るければ、十七年前のような事件も未然に防げるかも知れません」


 権力自体は国王が握っていても、実際の政治に深く関わるのが宰相であることは、お父様ならよくご存知のはず。


 しかも有力侯爵家の夫人ともなれば、コルトー貴族家同士の力関係もよく見えるだろう。


 私はにっこりとほほ笑んだ。


「お父上様に、毎月手紙を書きますわ」


「ミロスラーヴァ、私は娘にスパイをさせるつもりはないのだよ」


 うっ、思った以上に愛のあるお言葉…… 威厳ある太い眉を下げるお父様を前に、私はいたたまれない気持ちになる。


「あたたかいお心遣い、感謝いたしますわ」


 小声で礼を述べると、お父様は愛おしそうに目を細めた。


「お父様もご存知かも知れませんが、聖女教会本部では最近、神官長が不祥事を起こして捕らえられました」


 私は作戦その二を開始する。


「報告は受けておる。わが国も聖女教会を信仰しておるからな」


 そう、聖女教会の教えは国をまたいでいるのだ。本部がコルトー王国にあるのは、古代の大聖女が殉教した場所だからと伝えられている。


「お父様、このお話はまだ正式なものではありませんが、コルトー国王陛下は暫定的に、私を神官長代理に任命しようとお考えです」


「ふむ、そちならば民衆からの信望も厚く、人々をまとめる役目は適任であろう」


「ナティアン王女が聖女教会の実質トップというのは、ナティアン王国にとってよい影響をもたらすのではないでしょうか!?」


 聖女ミランダを神官長代理に命じるコルトー国王よりよほど、実の父親だと判明したナティアン国王の方が民衆の忠誠を得られるだろう。


 うっかり身を乗り出した私を、お父様は片手を挙げて制した。 


「私はそちの婚約に反対するとは言っておらんぞ?」


 そういえばそうだったわね。あらかじめ説得する気満々だったのは私だけ?


 私は用意していた言葉を飲み込んだ。馬車で十日もかかるナティアン王国にいては聖女教会本部の仕事ができないと、続けようとしたのだが。


「正直、良縁じゃと思っておる。めでたいめでたい」


 言葉とは裏腹に、お父様の灰色の瞳は寂しそうだ。だがゆるんだ口元は、安堵しているようにも見える。相反する表情を見せるナティアン国王に、私がひそかに困惑しているのに気付いたのか、お母様が口を開いた。


「私たちはナティアン王と王妃の立場としては、あなたの婚約話を後押ししたいと思っているのです。でも娘を持つ親としては――」


「そうなのじゃ!」


 お父様が言葉をさえぎって、両手のひらを天に向けた。


「せっかく十七年ぶりに再会できたというのに、愛する娘をまた手放さなければならないのか?」

次回『恋にマクロは組めない』最終話となります!

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