【第7話】ネガティブキャンペーン
登壇社文芸部門編集部@Toudan_Bungei
新刊のご案内です。
荒木健人著「光へ向かって」
志半ばでこの世を去った作者の、最初で最後の長編小説。
人生に絶望していた主人公が、生きる希望を見つけるまでの道のりを、瑞々しい筆致で描いた感動作です。
2月18日発売。定価は1280円です。
ぜひともお買い求めください。
檸檬@jrenhfrcgleo
@Toudan_Bungeiさんへの返信
死んだ人間を出しにして商売をするなんて、登壇社も地に落ちたものですね。
同情で読者が動くとお思いですか?
こんな意地汚い商法しかできない、貴編集部を私は心から軽蔑します。
絶対に買いません。
登壇社文芸部門編集部@Toudan_Bungei
2月18日発売、荒木健人著「光へ向かって」
帯には作家の大辻真奈先生から推薦文をいただきました。
「作者の生への想いが、活字を越えて私たちを強く揺さぶる」
大辻先生も激賞の本作を、ぜひ手にお取りください。
檸檬@jrenhfrcgleo
@Toudan_Bungeiさんへの返信
そうやって人気作家の名を借りてまで、貴編集部はこの本を売りたいんですか?
あなたたちは死体に群がるハイエナ同然です。
私たち読者は決して、そんな愚行には騙されません。
断言します。この本はあなたたちが思うほど売れません。
死人を出しにした罰を、存分に受けてください。
登壇社文芸部門編集部@Toudan_Bungei
2月18日発売、荒木健人著「光へ向かって」
全国の書店員さんから感動と共感の声が続々と届いています。
「ページをめくる手が止まらなかった」
「ここまで切実な小説にはなかなか出会えない」
「読み終わった後、これを書いた作者の気持ちを考えて、また涙した」
魂の傑作を、ぜひあなたに。
檸檬@jrenhfrcgleo
@Toudan_Bungeiさんへの返信
思わず鼻で笑ってしまいました。いったいいくら積んだんですか?
死ぬくらいで本が出せるなら、作家志望者は全員死にますよ。
貴編集部がしているのは死者への冒涜そのものです。
読者はあなたたちの暴挙に手を貸すほど、暇でも馬鹿でもありません。
いい加減、読者を騙すのはやめてください。
「荒木、ちょっといいか」
出社した凪に席に座る暇も与えずに、新橋は声をかけていた。社内が少しずつ年度末に向けて忙しくなり始める、そんな時期だった。
凪はコートを椅子の背もたれにかけてから、言われるがまま新橋の机へと向かう。
営業部員の探るような視線が、凪に集中した。
「いったいどうされたんですか?」
思い当たる節が、凪にはあった。だけれど、顔に出さずに、平然と新橋の呼びかけに応じる。
新橋は肘を机の上に載せて、厳しい表情をしている。見透かされる感覚に、凪の手足は凍りつくようだった。
「『光へ向かって』の営業担当は、お前だったよな。どうだ、状況の方は?」
「はい。既に十数店の書店が、ポップを使って展開してくれるみたいで。取次各社も取り扱いを決定してくれて、全国の書店に発送できます」
「そうだったな。弟さんが遺した、最初で最後の小説だもんな。一冊でも多く売れるといいな」
かける言葉は優しくても、新橋の目は依然鋭かった。
凪も新橋が、進捗を知りたいわけではないのは分かっていた。少しも気が抜けない。
朝日がブラインド越しに、新橋を照らしている。
「ところで、編集部の広報担当から連絡があったんだが、最近『光へ向かって』を紹介する投稿に、心ない攻撃的な返信がついているらしくてな」
凪の中で、憶測が確信に変わった。やはり来たか。「は、はあ……、そうですか……」という弱い返事は、自分が犯人だと白状しているに等しい。
新橋は表情を崩さずに、言葉を重ねる。
「せっかく弟さんが魂込めて書いた小説を、ウチは出版して世に出そうとしてるだけなのに、『死体に群がるハイエナ同然』だとか『死者への冒涜』だとか、批判を通り越して中傷だよな。立派な営業妨害だよ」
「そ、そうですね。許せませんね」
「まあ、既に通報してるから、そのアカウントはもう投稿できなくなってるけど、SNSなんて、いくらでもアカウント作れるからな。いたちごっこで、キリがない」
「どうして、その人はそんなに批判をするんでしょうか……?」
「さあな。何か気に食わないことでもあったんだろ」
「それなら自分でその問題を解決すればじゃないですか。匿名でただ石を投げつけるなんて、卑劣にもほどがありますよ」
結論を避けたくて、凪は話をできる限り引き伸ばそうとした。それが傍から見て不自然な行為だとは分かっていても、ぎこちなくでも話を繋げずにはいられない。
しかし、そんな凪の悪あがきも虚しく、新橋は一オクターブ低い声で、「なぁ、荒木」と呼びかけた。ただならぬ空気に、凪は口をつぐむしかない。
「その檸檬っていうアカウント、お前のだろ」
危惧していた言葉が新橋の口から出て、凪の心は強く波打った。思わず目をそらしてしまう。それは自白に等しかった。
だけれど、ここで認めてしまったら、どんな懲罰が下るか分からない。「いえ、違います」と否定する自分を、凪は子供みたいだと思った。
「そのアカウントの調査を依頼したら、登録されているメールアドレスが、お前がウチに提出してあるのと一緒だったんだよ。やるにしても、もっと注意深くやるべきだったな」
射抜くような目をした新橋に、凪はもう言い逃れできないと悟る。アカウントを作ったときの自分を責めたくなったけれど、それももう後の祭りだった。
凪は黙ってしまう。間違った態度とは分かっていても、何か口にしたら、すぐに言葉尻を捕らえられそうで怖かった。
「どうして心変わりしたのかは聞かない。もとよりそこには興味もないしな。ただ、お前がしたことはウチに少なくない損害を与える、れっきとした迷惑行為なんだ。ちょっとでも考えたら分かるよな?」
頷くしかない自分を、凪は愚かだと思う。売れませんようにと、心の中で祈るだけに留めておけばよかった。
取り返しのつかないことをしたという実感が、心を押しつぶそうとする。もはや凪は、立っているだけでもやっとという状態だった。
「今日、お前への処遇や懲罰について上が話すから。まあ、一〇〇パーセントいい通達にはならないと思うけど、それも自分がやったことだからな。しっかり反省しろよ」
「俺から言うことは以上だけど、どうだ? 何か言いたいことあるか?」そう新橋は言ってきたけれど、たとえ反論しても効果がないであろうことは、凪にでも察せられた。もう何を言っても、説得力はないだろう。
凪は小さく首を横に振るしかなかった。
心では、自分をこんな状態にした健人を恨んでいる。だけれど、それもまた、してはいけないことだった。
「そうか。じゃあ、戻っていいぞ」と、新橋が言う。凪は頭を下げてから、言われた通りに自席に戻った。
机の上の時計を見ると、もうすぐ朝礼が始まる時間だ。こんな状況でも仕事は待っている。気持ちを切り替えないと、とは思う。
だけれど、朝礼の時間になるまで、凪はただ俯くことしかできなかった。
(続く)