巻き込まないで下さい!後日談
一つ目の騒動が収まった後、学園でヴィヴィが持参したお弁当を二人で仲良く食べていると、アスベルがふと気づいたように話し始めた。
「ねえ、ヴィヴィ。この間の出来事なんだけど、オスカー殿とアメリアの話で、なんだか年数が合わない気がするんだけど、気のせいかな?」
「あら、アスベル様。気のせいなんかじゃありませんわ」
「そうだよね。何度考えても合わないんだよ」
「十五年前にテアの事件があったんだろう?」
「ええ」
「そして三十年前にグレースの事件、それで四十五年前。オスカー殿はその時十八歳だったな。オスカー殿が亡くなって四十数年だっけ?なんだかタイムラグがあるように思うんだけど」
「フフ。アスベル様、アメリアが亡くなってからの年数が抜けてますわよ」
「おっと、本当だ!失念していたよ。ええと、旧校舎の取り壊しが決まったのは七年前だと聞いたよ」
「ええ、そうですわ。その時アメリアは三十二歳だったと思いますわ。でも亡くなった時のまま時間が止まってるんですね。テアの事件は十五年前ではなく二十二年前、グレース様の事故は五十二年前のことですね」
「そうか。オスカー殿の肖像画に没年二十八歳と書き加えられていたな。私の祖父が六十七歳、オスカー殿は三歳上だから、生きていれば七十歳だったんだな」
「ええ。オスカー様が亡くなられてから、ちょうど四十年が経ったんですのね」
「そうか、約半世紀前か。すごく昔のことのように感じるな」
「そうですね」
二人は校舎を見ながら、オスカーが生きていた時間を想像した。きっと今と変わらず、生徒たちは生き生きと青春を謳歌していたのだろう。
――――友情や恋、悩み、惑い、
――――ケンカや対立もあっただろう。
たくさんの人が、それぞれの生を生き、喜びや悲しみ、足掻き、踠き苦しむこともあっただろう。今と同じように。
自分たちもまた、時間という歴史の中で、精一杯生き抜いていきたいと思った。
自分自身に起きた全ては、自身だけのものだ。
誰の生も、肩代わりすることはできない。
誰にも自分の生を押し付けることはできない。
アスベルは深い思索の海に漂っていた意識を、目の前にいるヴィヴィアンに戻した。
「愛してるよ、ヴィヴィ。子供の頃からずっと」
ヴィヴィアンは頰を染めて嬉しそうに笑った。
「私も大好きです、アスベル様」
お互い見つめ合ったまま感傷に浸っていたが、時間は容赦なく過ぎていく。気づいたのはアスベルだった。
「いけない!ヴィヴィ。後十分ほどで予鈴が鳴るよ」
「まあ、大変!!デザートがまだでしたわ」
ヴィヴィアンはバスケットからデザートの容器を取り出した。中にはうさぎに切った林檎が入っていた。
ヴィヴィアンはにっこり笑いながら、デザートの林檎をアスベルに差し出した。
「はい、あーん!」
ヴィヴィアンの可愛らしい仕草に悶絶しながら口を開けると、瑞々しい林檎が口の中に入ってきた。
シャクリと音を立てて齧ると、爽やかな香りと果汁が口内を満たした。
――――はあ、ヴィヴィが可愛すぎる!死ねる!!
先程までのシリアスは何処へやら。顔を赤くして林檎を咀嚼する。
アスベルも食べさせようと林檎にフォークを刺したが、ヴィヴィアンはすでに林檎を頬張っていた。
「ヴィヴィ、私にも食べさせる楽しみを残しておいて欲しかったよ」
「まあ、アスベル様ったら大袈裟ですわ」
「ヴィヴィを甘やかしたい!」
「もっともっと!私なしでは何も出来なくなるくらい甘やかしたいのに!!」
「まあ、それは困りますね」
「どうして?私は尽くすよ?」
「だって、私は自由でいたいんですもの」
ヴィヴィアンは頰に人差し指をあて、コテンと首を傾げると、可愛らしくアスベルを見た。
「くううう、あざと可愛すぎる!!死ねる!!!!」
アスベルがまたもや悶絶していると、後ろから声をかけられた。振り向くと、絶対に会いたくない奴が、にっこりと笑いながら立っていた。
「ヴィヴィ、やっと見つけた!こんな所でランチをしていたんですね」
「まあ、デューク様!」
「フフ、私にも、その林檎を食べさせていただけませんか?」
「断る!」
「アスベル様、実は、まだたくさんあるんですの。お祖母様からたくさん送られてきて、我が家では消費するのに四苦八苦していますのよ。ですのでデューク様、はい、どうぞ召し上がれ」
ヴィヴィアンがフォークに刺した林檎を、デュークの前に差し出した。デュークが口を開けて食べようとした瞬間、アスベルがフォークを奪い取った。
シャクっと齧った途端、デュークは顔を顰めた。
「ふん、ヴィヴィに食べさせてもらおうだなんて、百年早いですよ、デューク」
シャクシャクシャクシャク、ゴクン。
「くっ!リシュルド、邪魔しないでくれ」
「嫌ですよ。言っておきますが、ヴィヴィは私の婚約者なんですからね。忘れないで下さい」
「ああ、全く!こんな朴念仁はやめた方がいいですよ、ヴィヴィ」
「まあ!フフフ、やっぱりお二人は仲良しですねえ」
「どこが!」
二人は声を揃えて抗議した。