誓いの鐘は、いつ鳴るか(百合。女子高生二人)
「そういえば、ここって結婚式出来るらしいよ」
「ここ? オラトリウム?」
マジで? と聞き返せば、マジでと返って来た。
オラトリウムは、祈りの場だ。特別教室が集まる特別校舎の一階にある。始業式や終業式のあと、たいていここで学年順にミサをする。
背もたれの無い椅子が並び、前方に祭壇。いつもここは、独特の匂いがする。絨毯のような、蝋燭のような。それでいて花の甘い香りもする。
「溝口センセが言ってた。つい昨日、あったらしいよ」
私たち……夏苗と私・菜月は今、ここに二人で忍び込んでいた。
別に理由は無い。
いつも鍵がかかっている部屋の鍵がかかっていなくて、ちょっとしたスリルを味わいたくて入り込んだ。ただそれだけだ。罰が当たるかも知れない。
「校舎内で結婚式ねぇ」
「流石に学校内だから、卒業生オンリーみたいだけど」
「そりゃそうだ」
じゃあ新郎新婦控室は向かいの書道室になるのか。お客さんの待合場所は、美術室か。何だか、絵具や墨の匂いが移りそうだね。
そう言って、笑い合った。
「……ねえ」
夏苗が、祭壇の方を見ながら言った。
「私たちもいつか、ここで式を挙げない?」
「……クールな夏苗さんにしては、珍しい冗談ね」
「冗談じゃないよ」
夏苗さんが、こっちを向いた。顔は笑っているけれど、目が笑っていない。
本気の、目。
「冗談じゃないから、『クールな夏苗さん』でも言えるんだよ」
椅子から立ち上がって。
「何年後かは、流石にはっきり誓えないけど」
その場で彼女は跪いた。
「ここで、私と指輪交換してよ」
差し出された手のひら。私は、少し躊躇ってから、
「……二人とも、憶えてたら」
いいよ、と、その手のひらに自分の手をそっと重ねた。
「約束?」
「約束」
重ねた手で、そのまま小指を結ぶ。
結んだ小指が離れた瞬間、手首を掴まれ、抱き寄せられた。
「……ぜったい、だからね」
耳元で囁かれた言葉。いつもは滲ませない熱が、そこにはあって。
「…………うん」
私は、うなずくしかなかった。
不確かな未来なんて、欲しくないのに。約束なんて、したくないのに。
叶わないときの痛みよりも、今ここにある彼女の想いが嬉しくて、切なくて、私はうなずいて、抱き締め返すしか出来なかった。
END.
※こちらを初めとした笹百合女学院の短編をまとめた本を超SCC2021で出します(状況によってはイベントは欠席するかも知れませんが…)くわしくは近況ノートで【https://kakuyomu.jp/users/cr_joker/news/16816700426307098627】