9話 優しさと現実(英雄伝記編 2 )
しばらくして、マツは籠を町まで運ぶことを思い出した。
「すんません。私、オトンに言われて、籠を運んでいたんすけど、籠をしりませんか。」
「あ、持ち物は一緒に運んできて隣の部屋に置いてあるわよ」
「すぐに届けて、家に帰らんと、オトンに怒鳴られて、
おまんまにありつけないわ。すぐに行かんと」
「無理よ。外は昨日より、すごい吹雪よ」
「だども、行かんと。弟や妹もうちが籠と交換で
食べ物を持って帰らんと腹を空かして待ってますから」
マツは体を震わせながら訴えた。
「わかったわ、あなたが、籠を届けるところを教えて、
あなたの代わりに届けてあげるから」
「そんなご迷惑をかけられん。」
マツの手や足がしもやけで
パンパンになっていて、足の指は少し腐っているようにも見えた。
その女の子は一瞬でその籠を奪い、大きな家具の中に素早く入れて、鍵を掛けてしまった。
「返してくれ。返してくれ。私が持って帰らんいと、弟や妹が大変なことになる。」
泣きながらお願いしたが、その女の子は全く気にもしないそぶりで、
「籠は町のどこに持っていけばいいの。早く教えなさい。」
泣きながらマツは自分の名前と吉田町の山田雑貨店の場所を教えた。
それを聞いた途端、家具の扉に付いている小さな扉をあけて、
パチパチと何かを押し始めた。マツは不思議な顔してその女の子の動作を見ていた。
「もう、大丈夫よ。手配したから、今日中には、籠もお店に届くし、食べ物も家に届くから」
そう言って、その子は椅子に座って本をを読みだした。
マツは何を言っているのかわからず
「家具の中に入っている籠がどうやったら、届くんですう?
うちの事をからかってるん?」
その子はため息をついて
「はあ~、あなたに言っても理解できないだろうけど、
ちょうど私の連れが吉田町にいて、籠を届けて、家に食べ物を送ってくれるから大丈夫よ。」
マツはまた、何を言っているのか理解できず、
「とにかくそこのカギを開けてくれ。うちをバカだと思っているん?」
「はあ~、しょうがないわね。マツさんこれから私が見せること、話すことを誰にもいわないと約束してよ?」
「は、そんなことはどうでもええから、返してください。」
「この家具は一種の転送装置になっているの。物体を瞬時に別の場所に送れるのよ。
はい、鍵、開けて中を見てごらんなさい。」
マツはわけがわからず鍵を使って家具の扉を開けた。
「あれ、籠がない、籠がない。どこに行ったん?
大変、あんなに頑張って作った籠がなくなっちまった」
女の子は、マツの仕草を見ながら、
「なくなったんじゃなくて、この家具の中の空間を歪ませて、
1瞬にして吉田町まで籠をおくったのよ」
マツは頭をかしげて、慌てるばかりだった。
そして、その子は部屋の机の上から1枚の紙を持ってきて、何か書きだした。
「マツさんこっち来て」
紙に書いたものをマツに見せた
「まず、ここが私とマツさんがいるところ、そしてここが吉田町にいる私の連れ、ここを道として線を結びます。普通ならこの線の道に沿ってここから、吉田町まで歩いて行きます。マツさんわかる?」
「わかる。」
「この線の道を歩くと半日はかかります。そこで、空間を歪ませます。」
その子はその紙を折って、ここの印と吉田町の印をくっつけた。
「ほら、1瞬で着いたでしょ。簡単に言うとこんな感じ」
「わかったかしら」
マツは頭をかしげた。
「やっぱり、ようわからん。」
「まあ、いいわ、あと1時間したら、ここから、家まで1瞬で送ってあげるから、それまで、ご飯を作ってあげるから、食べて、それと、食べ終わったたら、このお薬も飲んで」
「自分で歩いて帰る。それに命まで助けてもらって、ご飯までごちそうになるわけにいかん」
「いいから、ここに座って休んで、命令よ!」
マツはこんなに優しくされたことは今までなかったことに感動した。また、命の恩人の言うこと聞かないことは大変失礼なことだと思い、せめてお手伝いをしようとしたが、その子にギロっと睨まれたので、言う通りに椅子に座って休むことにした。
マツはこんな不思議な出来事にとまどいながらも、
オトンに町に行くように言われて、もうすぐ1日半になる、
そろそろ戻らないと、オトンに怒られる、そんなことを考えているうちに
「ご飯できたわよ。マツさん食べて」
机の上に乗っているごはんは見たこともないものだった。
たくさんの光るくしのような棒や、棒の先が丸くなっている物、
大きなお皿に見たこともないようなものが並んでいた。
「どうしたの、食べて」
マツは顔を真っ赤にして
「どうやって食べるん?」
その子は少し考えて
「ごめんなさい。洋食で出してしまって、私が一緒に食べるから、マネして食べてみて」
マツはその子を見ながら食べてみた。
味噌汁のような食べ物やフカフカした干した鹿肉を柔らかくしたもののようなものなど、
どれもびっくりするほど美味しくて、弟や妹にも食べさせてあげたいと思った。
いつもお腹が空いていたこともあって、夢中になって食べた。
のどを詰まらせながらも、水を飲んでは食べ、水を飲んでは食べ、
あっという間にすべてたいらげてしまった。その子は笑いながらマツを見ていたが、とても満足そうに
「あははは、本当にお腹いっぱい食べてくれてよかったわ。」
「ほら、お薬を飲み忘れてわよ」
「ありがとう。」
マツがその薬を飲んで、しばらくしたら、顔や手や足のしもやけや擦り傷がみるみると治ってしまった。びっくりした顔してマツはその子を見たら
「マツさんそろそろ時間よ、家の近くに雑貨店で交換した食べ物を置いてあるから、それを持って家に帰ってね。それとくれぐれもここで経験したことは、人には言わないでね」
「はい、わかりました。すんません、こんなお世話になって、
いつか、お返しをさせてください。お名前と家の場所を聞いてもいいですか?」
その女の子はニコっと笑って
「私は、ヤエ・・・飛島 ヤエよ、家はう~ん、そうねえ、あちこちに行くから、この紙に私の住所が書いてあるから、ここへ手紙をちょうだい、そうしたら、こちらから連絡するわ、でも本当にお返しなんかいらないわよ」
マツは頭を下げて、この子のことを信じることにした。
家具の中に入り、目を閉じて、少しして、目を開けたら、
雪はあるが、家の近くの畑の前にいた。
廻りを見渡したら、雑貨店で交換するはずだった、
お米や干し魚などの食べ物が足元に置いてあった。
マツは不思議な思いでその場所に立っていた。
まるで夢の中にいたかのような。
そして何気ない顔で食べ物を持って家に帰っていった。